猫背・16才

 

私が入浴を終えて部屋に戻ると、既に乱馬は勝手に居た。

カーペットの上で背中を丸めて何かに集中している。

 

「ちょっと・・・宿題教えてあげるとは言ったけど勝手に入っていいとは言ってない」

 

「だってよー、おれの部屋だとおやじがうるせえし、居間にはじじいが居るし全然集中して読めねーんだもん」

 

乱馬はこちらを振り返りもせずに、そのままの体勢で答える。

 

何をそんなに集中して読んでるんだろう?教科書・・・な訳ないか。

そう思いながら乱馬の背中越しからその視線の先を覗き込む。

 

 

「・・・ドカッ、バキッ、シューッ」

「おいっ。擬音読み上げんな。今いいとこなんだから笑かすな」

 

「なあにその漫画」

「ヒロシから借りた。最新刊なんだよ」

 

「あんたねー、宿題どうすんの?」

「これ読んだらやるからちょっと待って。なっ、頼むっ。じゃないと頭に入らねえ」

 

「んもーっ。早くしてよね」

「分かった分かった。20分くれ」

 

仕方ないからとりあえず、顔に保湿ローションを塗って、乾かした髪の毛先にトリートメントオイルを塗って時間を潰す。

でもそんなの5分で終わってしまうから、結局時間をもて余してしまう。

 

 

 

ふと見ると、丸まっている乱馬の背中って何だか可愛いなと思う。

格闘家のせいもあって普段は背筋がすっと伸びた姿勢でいるから、余計にそう思うのかもしれない。

 

外ではあまり見られない無防備な猫背。

でも乱馬にその猫背が好きだなんて今言ったら、きっと猫嫌いだから嫌な顔をするんだろうな。

 

 

「ギュイーン!ズドンッ!」

「・・・おいっ。気が散る」

 

背中越しにまた漫画の擬音を読み上げた私を乱馬は不機嫌そうに睨んだ。

 

「ごめん、集中してる乱馬見てるとつい」

 

こういう時、何だか乱馬がペットの様に思えてしまうと本人に言ったら、絶対怒るだろうな。

 

でも猫化した乱馬をよく知る私には、どうしてもそう見えてしまう時がある。

あまりに可愛くて、構いすぎてしまいたくなる感じ。

 

「・・・お前、もしかして風呂上がり?」

「うん、じゃあ私雑誌読んでるから読み終わったら言って」

 

「お、おう・・・」

 

私は床にあったファッション雑誌を掴むと、乱馬と背中を向けて膝を立てて座る。

 

そうしてふと思い立って、私はそのまま乱馬の背中に寄り掛かってみた。

温かくてしっかりしていて、寄り掛かるのに丁度良い。心地よい背もたれだ。

 

「な、な、なんだよ」

「寄り掛かりやすそうな背中してたから」

「ど、どんな背中だそれは」

 

「嫌?」

 

そこでしばらく間があった。

あれ、もしかして嫌だったかな?と心配になるぐらいの長い間が。

 

「・・・べ、別にいーけど」

 

大丈夫なんだ。

それなら良かった。

 

私は心地良い場所を見つけたような気がして、嬉しくなる。

 

背中合わせにすると、体温の重なる部分が更に温かい。

お風呂上がりのせいもあったのか、背中からポカポカして全身が温まる。

 

その温かさについ眠気を誘われて、雑誌をめくっていても段々と意識が遠退いていってしまいそうだ。

 

ああ、まずい。

寝ちゃう。

 

そう思ったのが最後で、私は背中の温かさの心地良さの感覚だけを残して眠りに落ちた。

 

どのくらい寝ていたのかは分からない。

ただふっと目覚めた瞬間に、しまったと思って寄り掛かりっぱなしだった背中から身体を起こした。

 

「ごめん、寝てた・・・漫画・・・終わった?宿題しよ」

 

私がそう呟いた瞬間に、乱馬はすくっと立ち上がる。

 

「おっ、おう、終わった終わった!あ、あのさぁおれ宿題もういいや、自分でやる」

「え、乱馬?ちょっと」

 

「た、たまには自分でやんねーとっ・・・な!んじゃ」

 

乱馬はこちらを見ようともせずに、そのまま部屋から出ていってしまった。

 

バタンと閉まるドアを呆然と見る。

・・・?なんか変。

 

ふと見れば乱馬は読みかけた漫画を置き去りにしている。

 

新刊の筈の本は何故か接着部分の真ん中から、引き剥がされそうに伸びて広がっていた。

ギリギリ繋がってはいるけれど、まるで両側から強く引っ張った感じ。

 

『ギュイーン!ズドンッ!』

という擬音で気付く。

 

それはさっき集中する乱馬をからかう為に覗いたページの所のままだ。

 

訳がわからないけど、とにかく乱馬に返さなくちゃと思って、漫画を拾うと私は部屋のドアを開けた。

その直ぐ先にまだ乱馬が居たから、びっくりして仰け反る。

 

乱馬は私に背中を向けた状態で、何故かバチバチと何度も平手で自分の両頬を打っていた。

 

「乱馬、何してるの?」

「ひっ・・・!?」

 

びくりと跳ねあがるように振り返った乱馬は、明らかに狼狽えていた。

 

「こっ、これはだな!違うぞ!そんなんじゃねえんだ!」

 

「え?」

「あの、ほ、ほら、あれだ!眠気覚まし!!」

 

そこで私はようやく繋がった。

 

「ああ、乱馬も寝ちゃってたんだね。それでこれ破いちゃったんだ」

 

私は納得しながら漫画を乱馬に差し出す。

 

「え・・・?あ、そ、そうそうっ!寝てる間にな、つい」

「明日ヒロシに謝らないとだめよ」

 

「わ、わーってるよ」

「じゃ、おやすみ」

 

バタンとドアを閉めて、伸びをする。

ふと時計を見ればもう22時を過ぎていた。

 

「しまった・・・2時間もうたた寝してたんだ」

 

私は慌ててパジャマに着替えると、ベッドの中に潜り込む。

明日は助っ人でバスケの試合があるから、ちゃんと寝ておかなければ。

 

目を閉じた時、背中にずっと感じていた乱馬の温かさが鮮明に浮かぶ。

 

大きくて、温かくて、心地良かった。

 

・・・それにしても。

「そんなんじゃねえ」って何だろう?

 

と思って思考を巡らせようとしたのだけれど、眠気の方が勝ってしまい、その理由にたどり着く前に私は意識を失った。

 

 

おやすみ、乱馬。

また明日。

 

 

 

 

終わり


・あとがき・

全然甘くないスタートなんですよねwこの猫背シリーズwここで読者の人もう読んでくれなくなっちゃうかなって心配になるくらい。

乱馬視点で書いたらもっと伝わりやすいと思うけど、あかね視点で最後まで行きたいから乱馬視点では書かないつもりで始めました。

16才の原作直後の二人だとまだなー……ああもうじれったい!!(なびき目線)