『そのどちらも正解であり、とんでもない自信家の癖に(だからこそ)臆病である』
おい、本当に好きなのか?と疑いたくなるくらいサブタイトルに悪口しか並んでないけれど、これでも個人的には「らんま」の中で一番最初に好きになった人物である。
ただ俯瞰して早乙女乱馬について語る時は、この悪口もどうしても外せないから仕方ない。
アニメの乱馬がこれ以上に初期と熱湯編に突入して以降からの差が大きいので、原作の変化はいまいち埋もれがちだが、やはり初期の乱馬と中期以降の乱馬では、原作内でもかなり人格に差があると言っていいだろう。
初期を見た印象では早乙女乱馬は非常に不遜で口の悪い面はあるものの、基本的には女性に優しく父親の玄馬と比較すれば、常識人にも見える。
自分を嫌うあかねの事に対しても、ちゃんとあかねの身を守ろうとしている点は紳士である。
そもそも彼の口の悪さを掘り当ててしまったのは許嫁の本人のあかねであり、もしも風呂場で遭遇、男嫌いではないあかねと乱馬が出会って居たら、彼の口の悪さは今ほどではなかったかもしれない。
ただ言い返すにしても過剰に口が悪いせいで、相手のコンプレックスを刺したり、神経を逆なでしてしまう面がある事については自業自得としか言いようがない。
あかねとは最初女性として遭遇しており、天道家の者たちが女性の姿の自分に対してあまりいい反応をしない中、あかねだけは優しい笑顔を向けてきた。
それが乱馬があかねに対して最初の好印象を持った瞬間であり、反発しながらも後に惹かれ合っていくきっかけにはなっていると思われる。
その後、自分が男性であると知られた事で必要以上にあかねに嫌われてしまった中でも、あかねの笑顔に対してはときめいている描写がある。
そこが如何にも10代の男子らしい面だなと思っている。
やはり乱馬も10代の男性で最初はごく単純にあかねにの外見に視覚的に惹かれる所から始まっているのだ。
あかねに嫌われた事ですっかり反発しあう仲になったものの、東風先生へのあかねの秘めた恋心に気が付くなど、あの無神経な乱馬としては珍しくちゃんと人物の心理を洞察している。
そこで一般の若い男子と同じく乱馬も、興味のある異性に対して無意識に興味を引かれて敏感に観察しているという事が分かる。
ただこの時点ではあかねに対しては興味と好意までであり、恋愛までの自覚はないとも思われる。
本人自覚がないから「笑うと可愛い」もさらっと言えちゃったんだろう。
そして乱馬にとってあかねと出会うまでに、異性にここまで興味を引かれる事もなかった為に、それが女性にとって割と鋭い「殺し文句」になる事も自覚がない様子だった。
乱馬が自分のあかねへの恋心をほんのりと表に見せ始めたのは、あかねの髪が切れてしまった前後と思われる。
特に髪が切れた事で東風に泣きつくあかねの姿を見守る乱馬の表情は、既に複雑な男性の表情をしている。
ここが高橋留美子さんの上手さだと思う。
セリフは何も言っていないのにあの一コマで乱馬の気持ちが既にあかねに向いている事は分かる。
そしてその次の場面で乱馬は「可愛いって先生言ってた。良かったな」とあかねに声を掛けた。
あの場面、もしも乱馬にあかねに対する恋心が全くなければもっと明るくさっぱりした場面になっていた筈だ。
けれども乱馬はそれを心から明るく嬉しそうには言えていない。
あかねにとっては嬉しかった出来事を、一緒に喜んであげたい。
けれどどこかでそれを淋しく思っている自分もいる。
という複雑な葛藤が見えていた。
ただそこであかねが乱馬に、東風への片思いを吹っ切った事を宣言する事で二人に変化が起きる。
乱馬にとってそれが嬉しい事であったのかどうかは描かれてはいないが、乱馬はその直後にあかねに対して髪の短くなった外見を自分の意志として褒めている。
そしてそれを素直に喜んで満面の笑みを見せたあかねに「もしかして本当にかわいい」と内心本気で思ってしまい不意をつかれている。
多分この場面ではないだろうか。
乱馬が完全に自分はあかねに好意があるんだと自覚した場面は。
そこから格闘スケートまでの乱馬は、非常にあかねに対して一途でもあり初心でもある。
あそこまでは良牙に匹敵する程初心だったと言っていいと思う。
特に格闘スケートまでは、乱馬は自分があかねに好意を持っている自覚はあるが、逆にあかねが自分に好意を持ってくれていのるかについてはあまり自信を持っていない為、相手にそれを伝えようとする一途さがある。
初めてのキスを三千院に奪われてしまったことも、乱馬が非常にショックを受けた理由は「よりによってあかねの前で」という言葉からも分かる。
あかねに対して女性の姿でみっともない所を見られたくなかった。
自分は男である事を意識してもらいたいという一途な願望からであるのだろう。
「男に戻りたい」という乱馬の願望はあかねと出会う前からの事ではあるが、あかねに出会った事で余計に強くなったのだと思う。
男から女に変身することをあかねから「変態」と蔑まれた事、何度も言われている事からそこに余計に強いコンプレックスを感じるようになった事で、完全に男に戻りたいという意地が余計に強くなっているし、どこかで完全に男に戻らないとあかねに認めてもらえないという気持ちも持っていたのではないか。
そして乱馬のあかねへの一途さは格闘スケートの二人がキスするしないで揉めた場面にも表れている。
乱馬は「こういうのは本当に好きな人でないと」と意地でキスすることを躊躇い、それに対して「あたしとじゃやなんだ?」と誤解するあかねに「おめーが嫌じゃないなら、おれは」と訴えている。
キスを最初に躊躇ったのは、あかねが自分の他に好きな人が居た場合、またはあかねが自分を好きではなかった場合にそんな事をしたらあかねが傷つくのではないかという気遣いでもあり、ただの意地でキスをするのは自分も空しいという意思がある。
そしてもしあかねが自分とキスをするのを嫌でないのなら、自分はしてもいいという意思も見せている。
この事から二人の絆が強く深まっていく中で「あかねはおれの許嫁だ!!手ぇ出したらぶっ殺すぞ!!」という有名なあの台詞が出る。
ここまでの乱馬がラストまで貫かれていたら、もっと女性ファン増えてたかもね。あはは(棒)
とちょっと思ったりはする。や、当時はかなり思ってた。このまま行くんだと思ってた。
けれどそこで安定して終わらないのが高橋留美子作品だ。
ここまで絆が出来上がって来始めていた時に高橋留美子さんは、シャンプーというあかねとは全く違うタイプの美女をぶっこんでくる。
そして女の乱馬を殺しに来たつもりで男の姿の乱馬と再会したシャンプー。
そこであかねの事まで襲おうとしたシャンプーに対して、攻撃をし返した事で乱馬はシャンプーを二度負かしてしまう。
それが男の姿であった事が原因で中国の掟により、シャンプーの目的が乱馬と結婚する事と繋がってしまう。
そしてここから乱馬の浮ついた姿をあかねも読者も知る事となるのだ。
シャンプーの乱馬に対する迫り具合は、男性なら誰もが一度はされてみたいであろうお色気満載のベッタリデレデレ。
当然乱馬もすっかりそれに参って「もっと知り合おう」とかうわ言を言ってしまうのである。
ただこの程度のぐらつきは仕方ないだろう。だって早乙女乱馬は16才、健康男子です。
美しく可愛い子にあれだけあからさまに迫られて、全然平気というのも逆に不自然である。
しかしあかね本人と、その雰囲気を良いと感じていた女性読者からしてみたら「お前なにぐらついてんだオラ」と襟首掴みたくもなる。可愛い乙女もこうなるくらいの威力はあったと思うあの場面。
そしてあかねに対してあれだけ好意を見せつつあった乱馬のその浮つきは、あかね本人にしてみたらさぞがっかりした事であっただろう。
それでもどこかで乱馬に対して、信じたい気持ちを見せているのはいじらしい。
ただ当然それだけが理由で出てきたキャラクターではないだろうが、あかねが乱馬への好意を完全に自覚する場面を描くのにも、シャンプーの出現は必要だった。
そしてよく論じられているけれど、それならシャンプーと乱馬が男女として先に出会っていたのなら、乱馬の恋人はシャンプーだったのではないかという説。
私はそれを昔から何度も考えていたのだけれど、当時は分からないと思っていたが、今はそれはないだろうと言い切れる。
というのをこのまま続けて論じると、この文章どれだけの長さになるんだという事もあるので、続きは後半の方で語っていきたいとも思う。
そして後半はもっと外道になっていく乱馬を論じる事にもなるだろう。
え?もう誰もついてきてくれてない?
……それでもいいもん!やるんだもん!!
(誰だこんな子どもじみてるものをプレゼンとか高らかに宣言しちゃったのは)
後編に続く。