早乙女乱馬は一途か外道か・後編

『うん外道だよ。腐ってもいるよ。だってあの玄馬の息子だもん。でも別にそれでいいじゃない(開き直り)』


我ながらもうらんまの魅力のプレゼンという最初のテーマを既に放り投げた気がしないでもないが、出来れば最後まで読んで欲しい。ただ最後まで読んでも特に外道は外れないであろうことだけは断言しておく。

 

ここの出だしではまず二点の事について語りたいと思う。

 

①乱馬があかねより先にシャンプーと男女として出会っていたとしたら、らんまのヒロインはシャンプーとなっていただろうか否か。

②そうなった場合、乱馬はシャンプーに対して夢中になっていただろうかどうか。

 

まず①に関して言えば、全く0であるとは一見では言い切れないことがある。

それは前作の「うる星やつら」が当初メインヒロインであった筈のしのぶから読者の人気の高かったラムへと、連載中にメインヒロイン変更されたという事実があるからである。

もしも圧倒的にシャンプーの人気があかねよりも高かったら、そうなっていた可能性がないとは一見では言い切れないのはこの部分であり、シャンプーがラム、しのぶがあかね、にタイプが似ているのは言わずもがなである。

 

この部分から考えると、もしも乱馬があかねより先にシャンプーと出会っていたら、らんまのヒロインはシャンプーとなっていたかもしれない事は可能性としては高くなっただろう。

 

ただそうなった場合、早乙女乱馬はきっと今のような性格ではない。

乱馬があたると違う性格にしろ、シャンプーはかなりラムに近い性格の持ち主だ。

あれだけのデレキャラにツンしたらあたるとラムの関係と類似してしまうし、かと言って互いにデレるだけだったら乱馬の性格が崩壊する事になる。

 

だからもしそうなっていたとしたら「らんま1/2」は今とまるで違う物語になっていただろう。

逆に言えば今のらんまの雰囲気や早乙女乱馬の性格を残したまま、シャンプーをメインのヒロインとして迎える事には無理があるのだ。

 

して早乙女乱馬はもしあかねより先に男性としてシャンプーと先に出会っていたとしても、今の早乙女乱馬の性格の設定である限り、シャンプーと恋愛関係になる事はない。 

 

その理由については①と②に対して同時に返答が出来る事がある。

 

早乙女乱馬は「可愛げが全くないのに何故か可愛い女性」「自分にも簡単に色気を出してくれない女性」の方に強く惹かれる性質を持った男性キャクターだからだ。

 

乱馬はあかねに対して「おめー可愛くねえんだよ」「あかねにもあれくらい可愛げがあれば」「可愛くねえ色気がねえ」と散々叫んでいるが、あれは意地だけじゃなくて本音だろう。(どきっぱり)

 

そして乱馬は一見そういうあかねを全否定しているように見えるが、そうではない。

そういうタイプの女性だからこそあかねを好きになったのだ。

 

早乙女乱馬とは、非常にファイターな狩人気質であり、本質的に簡単に他の男にも自分にもなびかない女性を理想としている。

追いかけられたい人じゃない、追いかけたい人なのだ。

 

ただ最初からあからさまに自分に冷たく接する女性が好みなわけでもない。

(というのはシャンプーとの先の出会いでも分かるだろう)

そこは現実世界の男女の関係においても言えるように、人間の内面の複雑さではないだろうか。

 

あかねとは女性として出会い優しく笑いかけてもらった事で第一印象に好感を持った。

その後男性として出会った所ではまるで正反対の冷たい仕打ちを受けている。

完全にこれ「ギャップ萌え」だ。

最初に萌えさせといて突き落としやがって、という順序が逆のギャップ萌えだ。

このギャップ萌えが乱馬の追いかけたいハンター精神の一部に火を点けたとも言える。

 

そこに加えて乱馬は非常にプライドが高くてナイーヴだ。

自分に対しても簡単に色気や愛想を振りまいて色仕掛けをしてくる女性に対して、性的な部分の本能で浮つく事はあっても、本質的にはそれを拒絶する気質なのである。

 

要するに自分が選んだ女性に対しては、絶対的な貞操観念を持っておいて欲しい人なんである。

そういう意味で自分にも簡単になびいたり色気を出してくる女性を、乱馬はどぎまぎしながらも本質で信じられずに心を開いて受け入れる事が出来ない。

 

あかねは自分や押しかけてくる男性たちには見向きもせず、幼い頃から一途に一人の男性だけを想っていた。

それも乱馬があかねに惹かれたひとつの要因であろうと思う。

乱馬は本質的に、追いかけたくなるような簡単に人になびかない一途な女性を求めているのである。

 

そんなあかねに対してまでも「尻軽女」「そういうやつだったのか」と時にあかねの言動を不貞ではないかと疑って落胆する言動をしているぐらい、疑り深く自信がない面もある。

 

乱馬にとって人に自分の好意を見せるという事は、相手に自分の弱点をさらすようなもの。

武道家が自ら弱点を晒すという事は死を覚悟するのと同じように、とてつもなくハードルが高い出来事なのだ。

だからかなり貞操観念が強い女性でないと、乱馬はその弱点を見せられないのである。

 

そしてシャンプー、右京などは確かに乱馬にだけ向かって好意や色気を向けてはいるが、それでもこちらがそこまでの心の開示をしていないのに、大胆な行動をしてしまう事自体に乱馬は引いてしまう。

 

追いかけてるのではなく追いかけられている上に、隙あらば自分と蜜月になろうとする相手に対して、乱馬は恋心を育める男性ではない。彼にはそうなるまでの時間が必要なのだ。

 

とはいえ下心が0はないから、曖昧な態度をとり逃げる。

好かれて悪い気はしないので嫌われたら追いかけるけど、また元に戻れば追いかけなくなる。

確かに乱馬には色んな面でナルシストで自分勝手な面があるのだ。

 

このくだりが反転宝珠の回でかなり鮮明に描かれた為に、くされ外道という言葉は定着してしまう。

 

そしてもし、これまでの説明で乱馬があかねを好きである理由とするならば、反転宝珠の回で乱馬はハンター気質に火を点けられて闘志を燃やしているのだから、シャンプーとあかねは同等ではないかという疑問も出てくるのではないかと思う。

 

これもまた否、なのである。

乱馬は追いかけていく恋愛を好むタイプではあるが、あかねはそういう乱馬に対して所々で自分の真心を素直に見せている。 

きっかけは追いかけるという闘志に火を点ける所から始まったが、その後から乱馬は知らず知らずのうちに、時には相手の本音を知る事で幸福を感じるという恋愛の喜びをあかねから教えられているのだ。

 

その部分であかねとシャンプーに嫌われるという事は乱馬にとってけして同等ではない。

 

反転宝珠の回にも乱馬が根本的にシャンプーを恋愛対象と見ていないとはっきり分かる描写がある。

  

それはなびきにはっきりと「元々シャンプーがあんたを好きになったのだって中国の掟があっただけのことでしょうが」という類の事を言われた直後の乱馬の言動である。

 

それに対して乱馬は落ち込むどころか「その手があったか!」と喜んでいるのである。

本当に恋愛対象として好きな女性が自分を好きになる理由がこれだったら、本気で落ち込む場面の筈だ。

ここでこの男は恋愛感情からでなく、人の好意を勝負とプライドの為に取り戻そうとしていると皆が理解していく場面でもある。 

 

だからこそ乱馬が「くされ外道」と言われてしまう回でもあるのだが。

そして最もひどいのはあかねをシャンプーへのあてつけに使う事、右京の自分への好意を自分が自信を取り戻す為に利用した事だろう。

 

もうこれに関しては言えない。

「乱馬くんはくされ外道なんかじゃないもん!ほんとはいい子だもん!」

なんて事は言えない。

 

「このくされ外道がああああ!!」ってむしろ言いたい。

「いっぺん死んでこーい!!」とあの回を読んだ殆どの方が思っただろう。

 

でもね、早乙女乱馬はね、あの早乙女玄馬の息子なんですよ。

ここ大文字にしてみたよ。だってこれ以上の理由ないもの。

右京の父親と許嫁の約束を安易に交わしその屋台を持ち逃げし、その他各所でも色々踏み倒して逃げてきたであろう人の息子なんですよ。

 

「らんま1/2」には一貫して共通していることだが、「全員、難あり」なのだ。

性格も社会的にもどこかで大きく外れて欠点があったり人でなしなのである。

ただそれによってあり得ない事が起こるのがらんまの世界だ。

 

ここを完全に飲み込めとは言わないが、というか私も出来ていないが、これなくして「らんま」の世界は成立しないし、代わりにそのキャラごとに別の部分に強い魅力をもっているのも確かだ。

 

そして高橋留美子先生、この反転宝珠で疑われ始めそうだったあかねへの乱馬の恋心と、くされ外道へのお仕置きを真之介編でちゃんと回収している。

 

シャンプーと同じく自分から心変わりをしたと誤解したあかねに対して、乱馬は最初闘志を燃やすどころか、まともに歩けずに息する事しかできなくなるほどショックを受けている。

 

本当に心を許した相手に心変わりをされたら、自分はズタズタになる本質である事をどこかで感じているからこそ簡単に誰かになびいたりしなそうなあかねを選んだ乱馬である。

 

そんな乱馬の前であかねは、一度は他の男性を選んだように見えた。

あんなにも一途な筈の自分の許嫁が今まで自分と育んだものも捨てて、他の男を選ぼうとしている。

その時の乱馬のズッタズタぶりは26巻を読んで頂ければ充分伝わるだろうと思う。

 

ただそこで乱馬はもうひとつの自分の本質と気持ちを知る事にもなる。

ここまで心を開いた相手にズタズタにされても心変わりされたとしても、自分が誰よりもあかねを守りたいという気持ちに変わりはない、という部分である。

そこで乱馬のあかねへの気持ちは、単に恋というものだけではなく愛情というものに変化している事も分かる。

 

という訳でここまでは、乱馬というキャラクターの性格が良くも悪くも目立つ回の事を語ってきたが、実は全然目立たないところに乱馬の性格を表す部分は全38巻の中で髄所に描かれているのである。

 

たった一コマの表情や動きに読み取れる本音や発見がいっぱいあるのが「らんま1/2」の原作の魅力でもあるし、早乙女乱馬をもっと知る為の楽しみでもあるので、原作を読まれていない方、もしくはちょっとしか読んだことがない方には是非、原作を読まれる事をお勧めしたい。

 

早乙女乱馬は、間違いのないくされ外道です。無神経でもあります。

だけどあかねに対しては一途な面とナイーブな弱さを持ち、例え自分の心を裏切られても最後まであかねを守り通そうとした、愛情を貫く格好良い男の子です。

 

という見解を私個人の意見として皆様に提案します。