葉桜の頃


 

 

あかねが格闘を辞めると乱馬に告げた時、乱馬はその理由が見当もつかなかった。

 

 

「なんで辞めるんだよ?」

「んー・・・なんか他に色々興味が出てきた、というか」

 

「他って何だ」

「だから・・・お料理とかお裁縫とか・・・」

 

「全部あかねの下手クソなもんばっかじゃねえか」

 

「もうっ!分かってるわよっ!だから上手になりたいのっ」

「何の為にわざわざ・・・」

 

「・・・とにかくもっと格闘よりしたい事が出来たの。私は・・・かすみお姉ちゃんみたいになりたいの」

 

 

かすみねーちゃん?

乱馬はあかねの真意が分からずに、怪訝な顔をする。

 

確かに顔立ちは似てはいるけれど、あかねとかすみはタイプがまるで違う。

男子とも渡り合えるくらいの活発さを持つあかねと、おしとやかでおっとりとしたかすみ。

 

 

「あかねちゃん、話ってなんだい」

 

他の門下生たちとの組み手を終えた東風が、道場の隅からあかねを呼んだ。

あかねは慌てて東風の方へ駆けていく。

 

乱馬はそれを見ている。

 

 

あかねは東風と話す間、終始俯いていた。

東風の大きな手が、あかねの頭をぽんぽんと優しく撫でる。

 

その瞬間に、あかねの横顔がほうずきの様に紅く染まって行くのが見えた。

 

 

二人が小学五年生に進級したばかりの頃だ。

 

 

 

教室前の廊下からは優しい新緑の葉をわずかに揺らしている桜の木が見えた。

ドアのプレートには5年C組と書かれている。

 

右京は短く深呼吸をすると、担任だと名乗った人物の後を追って教室に入った。

これまで転校には慣れては居たが、東京に転校してくるのは初めての事だ。

 

「ええ、転校生の久遠寺右京さんです。じゃあ右京さん、みんなにご挨拶しましょう」

 

言いながら黒板に右京の名前を書き出した担任の先生は、生真面目そうな中年の男性で、やたらとズレた眼鏡を上げる回数が多かった。

 

「久遠寺右京と申します。大阪から来ました。皆さんよろしくお願いします」

 

右京の挨拶を聞いて教室のみんながざわめいた。

そのざわめきの理由がなんであるのかは、右京にはまだよく分からない。

 

「じゃあ右京さんの椅子はあそこだから。一番後ろの角の早乙女乱馬の隣の席だ」

 

言われた席に辿り着くまでに、ひそひそと話す声が聞こえた。

 

「・・・イントネーション変じゃね?」

「やっぱ大阪から来たからたこ焼き臭するよな」

「つうかでかくね?男子?まさか女子・・・じゃねーよな」

 

右京は勝気に声のする方をぎろりと睨んだ。

そこにはちょっと怯んだ顔をする二人の男子が居る。

 

「あんたらさっきからなんやねん!言いたいことあんならひそひそ話さんとはっきり言わんかい!男のくせにうじうじと!」

 

咄嗟に胸倉を掴まれた男子が「先生っ!ぼ、暴力でーすっ!」と叫ぶ。

先生には右京を挑発したその声が聞こえていなかったらしく、右京の方に「ちょっと落ち着きなさい」と注意に入った。

 

「転入早々暴力を起こしたらこの先クラスに馴染むのが困難になるぞ」

「でも先生っ、こいつらが先に」

「何を言ったか知らんがいきなり男子の胸倉を掴む方が悪い」

 

全ての事情を把握する前に、自分が悪いと決めつけられた事が右京は腹立たしかった。

だから東京なんか行くのいやや言うたんや。

ふっと父の顔が浮かんで悲しい気持ちになる。

 

「あの、先生。久遠寺さんがそうなる前に、二人が久遠寺さんに向かってとても失礼な事を言ってました。それは言葉の暴力ではないんですか?」

 

見れば、すっと席を立って手をあげている少女がいた。

髪は短いが目鼻立ちのはっきりとした、かわいらしい子だ。

 

 

「・・・きみたち・・・そんな失礼な事を言ったのか?」

「や、お、おれらは別になにも・・・なあ」

「う、うん」

 

その時、教室の端でがたりと椅子の鳴る音がした。

立ち上がったのは、さっき早乙女乱馬と呼ばれていた隣の席の男子だ。

 

 

「先生、おれも聞こえた。お前ら言ってただろ?本当の事言えよ」

 

 

乱馬の鋭い睨みにぐっと怯んだ二人が渋々と小声でそれを認める。

 

 

「・・・じゃあ二人は放課後、職員室にくるように。皆さんも早く久遠寺さんがクラスに馴染めるように協力して下さい」

 

右京は何とか濡れ衣を晴らして、無事に机に辿り着くことが出来た。

 

 

先ほど真っ先に席を立って担任に反論してくれた少女は、右京の前の席の子だった。

くるりと振り向いてにこりとされる。

 

「あたし天道あかね。よろしくね」

 

目がくりっとしていて、やはり近くでみてもかわいらしい少女だった。

はきはきとした物言いとは違って笑顔が柔らかい。

 

「おれは早乙女乱馬、よろしくな」

 

肩肘を付いたままにかっと隣で笑った少年は、いかにもやんちゃで快活そうだ。

右京は二人に向かって笑顔を見せた。

 

 

 

班で机を合わせて給食を食べている時に、隣になったあかねと右京は話をしていた。

 

 

「え、右京もお母さん居ないの?」

「うん、病気でな。小さい頃に亡くなってもうて」

 

「そっか・・・私もなんだ。お母さん、事故で」

「そうなんや・・・お互い難儀やったなぁ」

 

 

あかねが柔らかい目で右京を見て、えへへと笑う。

右京の言い方があかねは気に入ったのだなと乱馬は思う。

 

 

「で?なんで大阪からこっちに引っ越して来たんだ?」

「お父ちゃんがな、今まで大阪でお好み焼き屋の屋台やっててんけど、東京で一発逆転や言うて、こっちで店出すことになってん」

 

 

「へえーっ!ってことはお好み焼き屋なのか?」

「そや。次の日曜日に開店や」

 

「わー!お好み焼き食べたい!日曜日行くねっ!」

「おれもおれも!」

 

「ええよ、どんどん来てえな。サービスしたるから」

 

右京の言葉であかねと乱馬以外にも、それなら自分も行ってみたいという子が何人か手を上げ始めた。

色んな意味でクラスで最も目立つ二人と馴染んだ事で、右京は一気に新しい環境とクラスに溶け込む事が出来た。

 

それを快く思わない者も居ない訳ではなかったが。

 

 

次の日曜に、乱馬とあかねたちは何人かの級友たちと右京のお店にお好み焼きを食べに行った。

開店セールの事もあったせいかお店はとても賑わい混雑していた。

 

 

「一緒にチラシまで配ってくれて助かったわ」

「こちらこそ。いっぱいサービスしてくれてありがとう。ホント美味しかった」

 

日が傾き出した頃。西にある太陽がほんのりと色づき始めていた。

あかねと右京は二人並んで歩きながら、天道家に向かっている。

 

「それにしてもあかねちゃんが格闘技してたなんて、意外やわ」

「そう?まあ最近、辞めちゃったんだけどね」

 

「うん、何かこう、あかねちゃんて女の子女の子してるやん」

「えっ・・・!?」

 

右京の言葉にびっくりしたように、あかねは固まった。

 

「そんなこと言われたの・・・すっごい久しぶりかも」

「ええ?そーなんか?」

 

「うん。だって私髪も短いし、見た目も男の子っぽいというか、格闘もしてるし・・・」

「そうか?正直初めて見た時ちっさくてめっちゃ可愛い子やなて思たけどな」

 

「それ・・・ほ、ほんと?」

 

あまりに顔を真っ赤にしているあかねを見て、右京が思わず吹いてしまう。

 

「そんな照れんといて。うちが余計に男みたいやん」

「ええ?何それ?」

 

「男っぽいっていうのはな、うちみたいな事言うねん。背ぇも無駄に高いしな。髪だって長いのに、ひとつに纏めてると、うちよう男に間違えられんねん」

 

「右京は確かに格好よくは見えるけど女の子だよ。美人だし」

「え・・・」

 

今度は右京の方が固まった。

 

「どしたの?」

「今の・・・お世辞でも嬉しいわ」

 

「お世辞じゃないし。右京は顔立ち綺麗だよ。髪だって長くてサラサラだし」

 

顔を真っ赤にした右京を見て、あかねも吹き出した。

 

「なんか私たち・・・褒め合ってて変?」

「そやな。なんかキモイな」

 

 

 

二人が顔を見合わせてふふふと笑っていた時だった。

妨害するように二人の正面に何かが立ちはだかる。

 

 

「おい天道!それから久遠寺!てめーらこの間はよくも恥かかせてくれたな!!」

 

それは同じクラスの男子の二人だった。

右京が転入してきた日にひそひそと陰口を言っていたあの二人だ。

 

「天道!ちょっとぐらい格闘やっててクラス委員だからっていちいち偉そうな態度取りやがって」

 

「私そんなつもりないけど、あんたちがやる気なら受けて立つわよ」

「うちもや」

 

構えた二人に一瞬怯みながら、男子二人はニヤリと笑う。

そうして隠れていた5.6人の男子たちが更に出てきた。

 

一回り以上は大きい。どうやら中学生のようだ。

 

「道場通いの兄ちゃん達が助っ人だ。お前らぼっこぼこにしてやる」

「女相手にこれだけ揃えるなんて、あんた達相当な臆病者ね」

 

あかねは怯む様子もなく、堂々としている。

 

「小学生の割に二人ともなかなかの顔してんじゃねえか」

 

ニヤニヤとする中学生の男子たちにあかねが一瞥をくれる。

 

「あんたたちなんか私一人で十分だわ。右京は必要ない。帰らせて」

「何言うてんねん、あかねちゃんっ」

 

「へえ、天道道場のお嬢さん。道場繋がりで名前はよく知ってるよ。気は強いけど美人だってな。そんなに一人で可愛がって欲しいならあんただけに色々してやろうか」

 

 

一番体格のいい男子が、あかねの顎を掬うように持ち上げた時だった。

 

 

 

どこからか駆けて来る音がして、すとっと綺麗にあかねの前に着地する影が見えた。

あかねの向こうから見えたのはお下げ髪。乱馬だと右京が思う。

 

理解した瞬間には、もうその体格の良い男子は軽々と手首をひねられひっくり返されると急所を打たれて気絶していた。

 

 

「汚ねえ手であかねに触るんじゃねえ!!」

 

 

「乱馬っ、私一人でもっ!!」

「うちも居るでっ!!」

 

「女に喧嘩なんかさせる男に情けは無用だ。おれ一人でいい。お前らは引っ込んでろ」

「兄ちゃん、こいつ!こいつが早乙女だっ!!」

 

怯えたように叫んだ同級生の男子が、次の瞬間には宙に舞っていた。

乱馬の動きを視覚から脳が把握する前に、次々と相手が倒れていく。

 

その動きのあまりの美しさに、思わず右京は見惚れてしまった。

全員を倒すのに5分もかからないまま、戦いは静かに終わる。

 

 

 

「あかねちゃんに喧嘩を売るなんて、きみたちもなかなか勇気があるね」

 

天道道場では先ほどの男子たちが、東風によって手当されている。

 

 

「いででででっ!!」

「あ、ごめん、逆に入れちゃった。やり直すね。ぼくヤブって有名なんだ、ごめんねえ」

 

 

・・・わざとだ。絶対わざとだ。

満面の笑顔で優しく介抱しながらも、殺気を潜める東風を只者ではないと思う右京。

 

 

「うちの道場の門下生にそういう事したら、きみ達の通ってる道場の先生が困るんだよ。わかるかい?ん?わからないなら、も一度ここ外しちゃおっか」

 

「わわわわ、わかりました!も、もう二度としませんっ!!」

 

「そう?それならいいんだけど・・・にしても乱馬くん凄いねえ、ここの関節の外し方の立派な事・・・」

 

「先生、何ならそのままもぎ取ってくれ」

 

ひいいいいいいっと恐れおののいた悲鳴を上げたのはあの一番体格の良い男子だった。

 

「乱馬、そこまで言わなくていいよ。もう充分でしょ」

 

 

あかねは救急箱を乱馬の近くにどんと置くと正座をする。

 

 

「・・・な、なんだよ」

「ほっぺた、切れてる」

 

「いいよ、こんなの大したことねえし」

 

乱馬の言葉を無視して、あかねは救急箱を開く。

 

「にしても凄かったな早乙女くん。格好良かったで」

「乱馬、良かったね。格好良いって」

 

「た、大したことねえよ、あんなの」

 

完全に照れてどもる乱馬を見て、あかねと右京が顔を見合わせて笑う。

 

「こんな美人さん守れて嬉しいでしょう」

「・・・ん?」

「右京の事。さっき話してたの。右京は美人だよって。お世辞って言われちゃったけど」

「そ、そんなん言わんとってあかねちゃん・・・」

 

顔を紅く染める右京を乱馬はまじまじと見る。

 

「いや、確かに久遠寺は美人だよ」

「でしょう?」

「うん」

 

「ほら、だから言ったじゃない右京。お世辞じゃないよ」

 

男の子にこんなにもまじまじと見つめられて、美人と言われたのは初めてだった。

恥ずかしさのせいか、何か胸の奥で熱い気持ちが揺らいでいる。

 

「いややわ、もうっ!」

 

ばんっと右京に背中を叩かれた乱馬は少し「ぐふっ!」となった。

 

「うちよりあかねちゃんのが全然可愛いし女の子らしいわ、なあ早乙女くん」

「・・・え?」

 

そう言われた乱馬は何故か少し動揺しながら、消毒液をガーゼに吹きかけているあかねを上目遣いでじっと見る。

 

「・・・な、なによ」

「・・・色気はねえけどな」

 

乱馬が目を逸らしてぼそり言った瞬間に、あかねはガーゼで乱馬のほっぺたをゴシっと思いっきり力を込めて拭いた。

 

「いでえええええええ!!おまっ何すんだよ!!」

「そう言うと思ったわよ!ばかっ」

 

「なんか・・・二人仲ええな」

「そう見える?」

 

あかねは思いっきり真顔で右京を見る。

 

「仲良かったらもっと優しく介抱して貰ってると思うぞ」

「介抱する部分もっと増やして欲しいの?」

「・・・すみませんでした」

 

ようやく折れた乱馬を見て、あかねはふうとため息をつく。

そういう態度でありがならも、ちゃんと絆創膏を出して貼る準備をしてあげている。

 

「私たちはね・・・お父さん同士が同じ流派の門下生だったから小さい頃からの知り合いなの」

「そそ」

「へえ~、そうだったんか」

 

「そうそ、だからね・・・」

 

あかねは乱馬の頬にそっと絆創膏を張り付けた。

 

「仲いいっていうかただの幼馴染、よね乱馬」

 

貼られた絆創膏にそっと触れた乱馬の横顔は赤くなっている。

 

「・・・そう。ただの幼馴染、だな」

 

にかっと笑う乱馬の顔には違和感があった。

目が全然笑えていない。

 

あかねはそれに全く気が付かない様で、救急箱を仕舞いに行ってしまった。

 

 

「じゃあ乱馬、右京の事お家までちゃんとよろしくね」

「おう、任せとけ」

 

天道家の玄関先で、三人がそんな挨拶をしている時に、先ほどの襲撃メンバーを連れだった東風がその前を通る。

 

「じゃあぼくちょっと、この子たち送ってくるついでにそっちの道場寄って行くから」

 

にこりと穏やかに笑いかけてくる東風に、あかねは駆け寄っていく。

 

「先生っ、ごめんなさい。いつも迷惑かけてしまって」

「いいんだよ、あかねちゃん。無事で何より」

 

東風に向かってとても恥ずかしそうに懸命に喋るあかねには、何だか余裕がない。

頭をぽんぽんと優しく撫でる手に、あかねがますます顔を紅くするのを見て確信した。

 

ああ、あかねちゃんはこの人が好きなんやな、と右京は理解する。

 

 

そしてその時、何かに耐えるように拳をぎゅっと握っていた乱馬の切ない横顔。

 

 

今日のこの一日で右京は、二人の色々な事を知ったような気がした。

 

 

 

日はもうとうに落ちて、夕闇が朱をかき消していこうとしている。

その中を二人で並んで歩きながら、右京は乱馬をそっと見た。

 

自分よりまだ若干背の低い乱馬は、ぼんやりと絆創膏をいじっている。

 

「・・・なあ早乙女くん」

「・・・ん?」

 

「さっきの・・・うちが美人さんてほんまに思うてくれたんか?」

「うん、嘘じゃねえよ。久遠寺は本当に美人だと思うよ」

 

さらりと言われて言葉が出ない。

やっぱり、すごくすごく嬉しい、何だかドキドキする。

 

「じゃあ早乙女くん、あかねちゃんの事はどう思てんの?」

「え・・・あ、あかね?」

 

明らかに動揺を見せる乱馬にはっきりと訊いてみる。

 

 

「早乙女くんてあかねちゃんの事、好きなん?」

 

 

そう言われた瞬間に乱馬が一気に固まった。

踏切前で遮断機が下りて来て、電車が通り過ぎて行く。

 

通り過ぎる車窓の明かりが乱馬の顔を照らす度に頬が真っ赤になっているのは見えた。

 

 

「さっきも言ったけど・・・おれらただの幼馴染だから」

 

電車が過ぎて遮断機が開いた時に、乱馬がぽつりと言った。

 

「でもそう言うてたのはあかねちゃんやろ?早乙女くんはどうなん?」

 

 

 

「おれは・・・ただの幼馴染とは思ってねえ」

 

 

 

ああ、やっぱりそうなんだ。と右京は思う。

 

 

 

そして「あーっ!!」と急に叫んで、隣に居た乱馬がびくりとする。

 

 

「な、なんだ、どうした」

「あんたらなんかややこしな。色々と」

「そうか?」

 

だってあかねちゃんは東風先生が好きで。

早乙女くんはあかねちゃんが好きで。

今日でうちは多分、早乙女くんの事、好きになってもうた。

 

でもそれに負けないくらい、あかねちゃんの事も好きになってもうてる。

 

 

「恋っちゅーもんは・・・ままならないもんやな早乙女くん」

 

ぶっと笑う乱馬。

 

「お前、面白いな」

「そうか。おもろいとこから来たからな。けど今面白さいらんとこやねんけど」

 

 

世界は時々どうしようもなく切ない。

 

そっちに流れていっても叶わないと分かっていても。

流れていってしまう時があるのだ。きっと誰にでも。

 

 

 

校庭の一角。葉桜の新緑は目に優しい。

代わりに、拙い青さを香らせている。

 

その木の真下でカレーパンを齧る良牙を見ながら、右京は葉桜を「ああ、こいつそのものやな」と思う。

 

「な、なんだよ・・・お前の分はねえぞ」

 

あまりにも右京にじっと見つめられて、居心地悪そうにする良牙。

 

「そうやない。うちもうお弁当食べ終わっとる」

「じゃ、なんだ」

 

「あんたまだ、あかねちゃんの事好きなん?」

 

さらっと確信を付かれた良牙が思い切りカレーパンを詰まらせてむせる。

 

「お、お、お、お、お前っ急にあかねさんの話題をだ、出すなよ!!」

「・・・好きなんやな」

 

 

響良牙と出会ったのは、中学に進学した頃だった。

日々お昼の度に購買のパンの争いで乱馬に負け続けていた良牙に、あかねがふと情をかけてしまった事が発端となり、以来、乱馬とあかねの取り合いを続けている。

 

のをあかね以外の誰もが知っているのだが、あかねは本人は全くそれに気が付いていない。

 

おかげで乱馬、あかね、良牙、右京と、何となく周りからは一括りに仲良しグループと思われているのだが、乱馬と良牙は今も常にバチバチとはしている。

 

 

「お、お前こそどうなんだ。乱馬の事が好きなんだろう」

「好きやった、や。うちはもうしっかり告白してきっぱりフラれとる」

 

 

 

中学三年の頃だった。

右京は思い切って乱馬に告白をした。好きだとはっきりと伝えた。

 

乱馬は何とも言えない顔で自分に向かって笑った。

 

 

「・・・ありがとな、うっちゃん」

 

 

感謝も喜びも悲しみも痛みも混ぜて笑っているんだと分かる。

 

分かるよ。

自分だって同じ気持ちだ。

きっと嫌いではない誰かに想いを告げられたら、こんな風だ。

 

 

「でもおれあいつの事、諦められねえんだ。ごめんな」

 

 

分かってた。そう言われるって分かってた。

 

 

もの凄く泣いた。

こんなに好きなのに、あなたの為なら何だって出来るのに。

 

 

泣きながら抱き締めて貰った乱馬の背は、いつの間にか自分より高くなっていた。

 

 

記念に貰った第二ボタンは、ひっそりとまだ大事に仕舞っている。

 

あれは自分が勇気を出したという記念だ。

ちゃんと勇気を出したんだという記念日の。

 

 

 

で、相も変わらずこの良牙は告白する勇気はなく、ただ毎日あかねの姿を見つけてはおたおたとしながら懸命に話しかけている。

 

「・・・万年青虫のようなやっちゃな」

「な、なんだそれは。お前なんかおれの事馬鹿にしてねえか?」

「別に~」

 

 

「おーい、うっちゃん良牙」

 

その時、校庭から乱馬が駆けて来る。

 

「あのよ、絶叫遊園地のチケット貰ったんだけどよ。なんかその、あれだから、みんなで一緒に行かねえか?」

 

 

 

「・・・もう一匹、青虫が来よったな」

 

「ん?青虫なんだそれ」

 

「乱馬、貴様ちゃんとあかねさんは来るんだろうな来るんだろうな来るんだろうな!?」

 

良牙に詰め寄られて苦笑いする乱馬。

 

「だからおめーたちを誘ってんだよ。おれ一人で誘うのはなんか、あれだし」

 

 

なんかあれとは何やねん。

 

 

「じゃあバスのあかねさんの席の隣はおれでいいよなっ!なっ!」

「いいわけねーだろボケっ!」

 

 

そうして小競り合いが始まった。

 

この勢いの良さをどうして本人の前で出せんねん。

と右京は呆れ果てる。

 

「ストーップ!!そんなんで争ってるだけ無駄や。付き合うたるから、うちがあかねちゃんの隣りな。それで何か文句あるか?」

 

「・・・ありません」

 

二人は声を揃えてしおらしく言った。

 

 

なんで男っていざという時、こんなに度胸ないんやろうか。

ほんまうち男に生まれてきてたら、モテたやろなあ。

当日男装してあかねちゃんとデートしたろか。

 

 

 

「乱ちゃん、その約束付き合うたるからその日のランチは乱ちゃんの奢りやで」

 

はははは、と真顔で笑う乱馬。

 

 

「流石商人、商売上手」

「会ったり前や、なめとったらあかんで」

 

 

 

最初に望んでいたものとは違う。

 

けれど叶わなくても形が変わっても、残るものは残る。

 

 

ただそれだけの事だ。

 

 

見上げたら日差しに透かされた新緑の葉桜がきらきらと眩しい。

何もかもがこれからだと告げている。

 

 

 

終わり。


・あとがき・

個人的に乱あの次に好きなキャラクターが右京と良牙です。失恋の回ではあるけれど、失恋が可哀想とか悪いという風には捉えたくないという思いで書きました。原作のあかねも東風に失恋した事で乱馬と向き合い新しい恋をしていきますしね。

良牙にしても右京にしても乱馬やあかねをライバルとしながら、どこか友達の感じもある所が好きです。