「乱馬~、乱馬っ・・・早乙女乱馬くーん」
すっかり拗ねて丸まった背中に呼び掛けてみても、まるで反応はない。
そしてこういう時の乱馬って意固地になってしまった子どものように、全く口を利いてくれなくなる。
ベットの上で壁際に向かってしっかりと両膝を抱えて頭を沈めている乱馬の丸い背中は、嫌味を通り越して愛おしさすら感じてしまいそうだ。
背中から感じるのは『ほっといてくれ』じゃなくて『早くおれのご機嫌を直しなさい』オーラで。
そういうオーラを出しているくせに、簡単にはご機嫌を直してはくれない所がほんとーーーーーーーーーに面倒くさい。
なんてことを口に出したらもう、今日は一日口利いてくれないだろうな。
や、数日は利いてくれないかもしれない。
私は、つい少し前まで話していたヒロシとさゆりの言葉を思い出して、何度も心の中で呟いていた。
『思ってる事をそのまま』
大学に入って間もなく婚約をして、二人きりで朝を迎えるという出会った頃からは到底信じられない様な経験もして。
結婚までのこの期間は甘くて幸せな時間ばかりだと思っていたのに、乱馬は何故か最近不機嫌になる事がとても多くなった。
数日前のご機嫌斜めの理由は「例え男女混合でも他の男と同じ学食テーブルに座るな」だった。それは今も対処に困っている。
だって食べている最中に一方的に相手から話しかけられて来てしまう事だってあるからだ。
ただ悪気なく(と私は主張したけれど「下心のねえ男がわざわざ行くか!」の一喝で押し切られた)来た相手に「すみません、離れて下さい」だなんて、何だか自惚れているみたいでなかなか言えない。
と乱馬に言ったら「おめー、会ったばっかの頃散々おれには冷たくしてたじゃねーかよっ」と怒られた。
そう言えばそうなんだけど、今はそれがなかなか出来ない。
それにそれはきっと乱馬がもたらしてくれた私の変化であったと思うのだけれど、きっとそう伝えても納得はしてくれないだろう。
そして今のご機嫌斜めの理由は美容室の前で待ち合わせをしてしまった事で余計な場面を見られてしまったせいだ。
本当なら今日美容室を出た後に、乱馬と二人で花火大会用の浴衣を選びに行く約束をしていた。
前もって予約はしていたのだけれど、担当の美容師さんの時間が少しずれ込んで私は15分程遅く店を出た。
店前までお見送りをしてくれた若手の男性スタッフさんは、少し前に担当さんになってもらったばかりだけれど、とても腕が良くて趣味も合って気に入っていた。
「や、ほんと天道さん、綺麗だからこっちもやりがいあるよ」
「いえそんな、ありがとうございます」
「前も話したけど一度カットモデル、本当にやってみない?メディア出れるし」
「や、私そういうのは・・・」
「わりいけど、こいつ寸胴だし全然そういうの向いてないんでっ」
その時、私と美容師さんの間を思い切り割り込んできた乱馬が、美容師さんに向かって眼光鋭い笑顔を見せた。
美容師さんは途端に怯んで私を見る。
彼氏さん?というような顔で。
私はそうです、と表情で答えて申し訳なく苦笑いをしていたら、乱馬に手首を強く引っ張られた。
「帰るぞっ、あかね!」
「え、ちょっ・・・」
「あ、ありがとうございました」
慌てて頭を深々と下げた美容師さんは、私に向かって申し訳ないと両手で手を合わせていた。けれど本当に申し訳ないのはこっちだから引き離されながら必死に会釈をする。
「・・・お前はああいう男が好きなのか?」
「何言ってんの?ただの美容師さんだよ?」
「だから女のスタッフさんだっているのに、なんでわざわざ男指名してんだよっ」
「それはたまたま前に付いたのがさっきの人でカットが上手だったから・・・」
「ああいう男に髪触られてニヤニヤ喜んでるなんて、お前はほんと尻軽女だなっ!」
流石にそれには頭に来て、私は乱馬の手を思い切り振りほどく。
そこで振り返った乱馬もなかなか怖い顔をしていた。
「私そんなことしてないっ!!思ってもいないっ!!」
「してたじゃねえか!ドライヤーあてられて髪いじられて嬉しそうにニヤニヤと」
「ただ日常会話してただけでしょう!愛想笑いよっ!」
という所でふと気が付く。
「乱馬・・・お店の中覗いてたの?」
ぐっとなった乱馬が急に気まずそうな顔をして、それでもやはり表情を戻す。
「そら15分も遅れてんだからもう店前居るだろうが!あんなガラス張りだったら丸見えだっ!」
「だからそれは悪かったけど前もって遅れるってLINEしたでしょう?近くのカフェで待っててって」
「なんでだよ。そんなにおれにさっきの奴と仲良くしてんの見られたくなかったのかよ?遅刻してまであいつと話してたかったのかよっ」
はっーーーーっと長い溜息が出た。
私はただ、浴衣を着る前に可愛いヘアスタイルになりたかっただけ。
それなのに何でこんな事で絡まれてるんだろう。
しかも寸胴まで言われたし。カットモデル寸胴関係ないしっ。
大体その寸胴な身体に夢中なのは誰・・・って言ってやりたいのは山々だけど、それは恥ずかしくてさすがに言葉に出来なかった。
「・・・もういい、とにかく今日はおれ帰るからなっ」
「・・・分かった。15分も待たせちゃってごめんね」
ここで引き留めたって余計にぷんすかするばかりの乱馬と、それに反応してしまう私じゃ埒が明かない。いったん距離を置いてお互いに冷静になった方がいい。
と思ってくるりと背を向けた乱馬をそのまま見送る。
けれど数歩歩いた所で急に立ち止まった乱馬がしばらくじっとしていた。
なんのつもりだろう?
と思っていたら急にこちらに振り返った。
「おれほんとーにこのまま帰るからなっ!!いいんだなっ!!」
口調は偉そうで顎を高く上げて人を見下すような顔をしている癖に、何故かわざわざ確認してくるそのひねくれ具合は全然変わっていない。
「・・・もしかして引き留めてほしいの?」
「んなわけねーだろっ!!」
・・・なんだろうこのデジャヴ感。
「分かったわよ。さっさと帰ればいいでしょう」
「おーおー!お前の長ったらしい退屈な買い物に付き合わされなくてせいせいするぜっ!!じゃあな!!」
・・・殴りたい。グーで殴りたい。
そう思った瞬間に身体が反射的に動いていた。
周囲には私の激しい荒業を見ていた人だかり。
道路に転がるボロボロの乱馬。
思いっきり怒りをぶつけたけれど、何故だかすっきりしない。
むなしい気持ちでゆっくりと立ち去る後ろから、乱馬の声がした。
「あかねのばかやろーっ!!」
まだ殴り足りなかったのかも・・・じゃなくて。
どうしてこんな風になってしまっているんだろう。
私たちはもう16才の頃とは違う。
親同士が決めただけの許嫁じゃないし、嫌い合っている訳でもない。
婚約もして、互いの事を心だけじゃなく身体も通わせて、とても幸せな時期の筈なのに。
もっと互いに思いやって、甘くて、幸せな時間を長く続けたいのに。
これではまるで16才の頃と変わらない。というより余計に酷くなっている。
「お、あかねじゃねえか」
急にこちらに向けられた男性の声に思わずびくりとした。
ふと見ると反対側の歩道でヒロシがにこやかに手を上げている。
「あ、久しぶり」
「こんなとこで何してんだ?乱馬は?」
「え、えっとあの・・・今日は一人」
「おれさ、これからさゆりと約束してんだけどまだ待たされそうなんだわ」
「そうなんだ」
「ちょうど良かった。あかね暇ならお茶しねえ?ゆか来るまでどうやって時間潰そうかと思ってたんだ」
「う、うんいいけど・・・」
私は思わずきょろきょろと周りを見回してしまう。
「・・・なんだよ?どした?」
「や・・・それがね・・・」
こんな時にはやっぱり、男性に相談してみるのがいいのかもしれない。
正直私には、さっぱり今の乱馬の心理が分からない。
でもきっとこの事を知られたら乱馬には激怒されるだろうな。
それでもやっぱり、このままぴりぴりとした関係を続けていくのは嫌だ。
私は乱馬と仲良くしたい。
せっかくお互いの心と身体が通じ合ったのに。
ただ手を繋いで寄り添って笑っていたい。
願いはそれだけだから。
カフェで私の正面に座ったヒロシはずずっとホットコーヒーを啜ってきっぱり言い切った。
「そりゃ簡単だ。あかね」
「え?」
「それ全部乱馬に素直に言えばいいだけだ」
「え?乱馬にそれを言うの?」
「そうだよ。簡単だろ」
「・・・でも乱馬、そんな事言ったらなんか・・・すっごく高飛車な態度取りそう」
はははと真顔のままヒロシが笑う。
「確かにそれはやりそうだけどな」
「そんな事されたら私絶対素直に話した事、後悔する」
「大丈夫だよ。もう乱馬はあかねにメロメロだ」
「・・・えっ・・・」
それは全然ぴんとこない響きだった。
確かにそういう瞬間はあるのだけれど、それは身体が触れ合っている時だけのような・・・。
あとは乱馬は今までと変わりない。というよりむしろ前より不機嫌だ。
「だって乱馬がピリピリしてる理由って全部あかねが男と関わってることじゃねえか。昔からそうだったけどさ、許嫁から婚約者になった事であいつ余計に独占欲増しちゃってるんだよ」
「・・・昔そんなに独占欲強かったっけ?」
「強かったじゃなーい。あかねが気が付いてなかっただけでしょう」
遅れてやってきたさゆりが、当たり前のように会話に乱入してきた。
「すみませーん、私マンゴージュース」
そうしてあかねの隣に座る。
「あ、さゆりごめんね、ヒロシ借りちゃって」
「ああ、うんうん、いくらでもレンタルしちゃって」
「おいっ」
「というのはともかくさ、乱馬くん昔っから凄い独占欲の塊だったわよ。あかねが別クラスの男子に呼び出されれば、背中向けてる癖に全会話しっかり聞いてたしね」
「そそ、おまけにあかねがそいつとクラス出てくだろ。そしたらおれらとどんな話盛り上がっててもさ『わりぃ便所っ』って出てくんだよ」
「ええー?だって乱馬別に私の所には来てなかったよ」
「隠れてしっかりあかねとそいつをチェックしてたんだよ。あいつはそういう奴」
「そそ、そういう奴」
「・・・そうなの?」
「言っとくけど、あいつの裏あだ名は『許嫁ストーカー』だからな」
「ええええ、何それ」
「あははは!懐かし!そそ、そうだった」
「許嫁の癖にストーカーばりにあかねの事チェックしてるんだよ、常に」
「そそ、あのね、目の端には必ず入るようにしてるんだよね」
ヒロシとさゆりは二人で楽しそうに盛り上がり始めた。
知らぬは自分ばかりなりだったのかと、私は衝撃を受けている。
高校の頃の乱馬は、学校で過ごす間の私にはまるで興味がなさそうだったのに。
「とにかくあかね。乱馬は面倒くさいけど単純なんだよ。お前が素直になれば今の乱馬なら変に高飛車にはならねえんじゃねえかな」
「そうね。もしなったとしたらその時こそ突き放せばいいしね」
「そそ、とにかく思ってる事そのまま伝えてみれば?」
「そうよあかねっ」
「う、うん。そうだね・・・そうしてみる」
16才の頃から自分たちを知る二人がそう言ってくれた事で、少しだけ勇気が持てたような気がした。
私は二人にお礼を言ってカフェを出る。
向かうのは乱馬が一人暮らしをしているアパートだ。
とにかく直接言って話をしよう。
乱馬のアパートの前に立って、私は何度か深呼吸を繰り返す。
そうして一度自分を落ち着かせてからインターフォンのスイッチを押した。
ピンポーン・・・ピンポーン。
留守なのかな。反応がない。
ピンポーン・・・ピンポーン。
やっぱり居ないみたいだ。
仕方なく帰ろうと階段に向かおうとした時に、後ろでガチャリとドアの開く音がした。
振り返ると不機嫌そうな顔のままでドアを開いている乱馬。
「乱馬・・・居たの?」
私が言い終わる前にドアはガチャンと閉められた。
けれど鍵を掛けられた気配はない。
乱馬の部屋のドアをがちゃりとゆっくり開けてみる。
その近辺に乱馬はもう立っていない。
玄関まで入ってみると、ベッドの隅で膝を抱えている乱馬が見えた。
「乱馬、上がっていい?」
少し待ったけれど返事はない。
拒絶の言葉もないという事は上がっていいという事なんだろう。
「お邪魔します・・・」
そうして私はベッドの上でギリギリまで壁際に向かって両膝を抱き、丸めた背中をこちらに向ける乱馬と対峙する。
いくら名前を優しく呼びかけてみても、丸まった背中は全く反応がなかった。
思わぬところで拗ねられて面倒くさいというのと、無反応に心が折れそう、という気持ちが同時にやってきた時に、さっきのヒロシとさゆりの言葉が出てきた。
『思った事をそのまま』
目を閉じてその言葉をもう一度、自分の心の中に入れる。
そうして私は乱馬のベッドの上にゆっくりと上がった。
ベッドが私の重心でやんわりと揺れる中で、乱馬の頭がぴくりと反応したように見える。
乱馬の背中のすぐ後ろで正座をしてみた。
「・・・乱馬」
さっきよりずっと優しい声で乱馬を呼んでみる。
そして乱馬の丸まった背中にそのまま自分の身体を寄りかからせた。
一瞬背中が強張った気がしたけれど、抵抗される事もなかった。
だからそのまま、しばらく乱馬に寄り添ってみる。
そのうち背中越しに驚くような速さと強さで高鳴る乱馬の心臓の音が、私の頬を振動させてしまう程に響いてきた。
何度か身体は重ねてきたのに。
まだ乱馬は私がこうして乱馬に触れるだけで、こんな風になってくれるんだ。
じんわりと嬉しい。
「ねえ乱馬、私ね。乱馬とちゃんと仲直りしたいの」
「・・・・・・」
「だからちゃんと話そう?こっち向いてくれないかな?」
乱馬はそれでも動かなかった。
これでもダメならどうしよう?
と考えていた時に、身を預けていた乱馬の背中がすっと伸びたので、私は乱馬から身体を離す。
そのままのそのそとこちらに向き直った乱馬は、胡坐をかいて私の正面に座る。
下唇を突き出したままの顔は機嫌を直してくれたようには見えないけれど。
それでもさっきより、ちゃんと話は出来そうになったみたいだ。
『思った事をそのまま』
私は呪文のようにもう一度、その言葉を心の中に入れた。
「さっき・・・せっかく待ち合わせてたのに15分も遅れちゃってごめんね」
「・・・別に・・・それはいい」
「あの・・・もし乱馬が嫌なら私・・・美容師さん変えて貰うよ。女性の人に」
そこで乱馬は初めて私の目をちゃんと見た。
「・・・おめーはそれでいいのか?さっきの男が気に入ってたんだろ?まあ恰好良かったもんな。おれには負けるけど」
「なんでそうなるの?私そういう意味で気に入ってた訳じゃないよ?」
「だってあいつと笑ってたじゃねえか。楽しそうに」
「笑ってたけど、それって悪い事なの?」
「お前は嫌じゃねーのかよ。おれがお前以外の女と楽しく笑ってたら」
そう言われてふと考えてみる。
よく考えてみたら、乱馬が他の女の子と楽しそうに笑ってる姿はこれまであまり想像できていなかった。
大体言葉より先に手が出るような女性に囲まれていた乱馬だ。
べたべたされて困ったような焦ったような姿を散々見せられた事はあったけれど、他の女性と並んで楽しそうに笑っている乱馬を見た記憶がほぼない。
とにかく知らない女性と乱馬が楽しそうに並んで歩いている姿を想像してみよう。
それをたまたま目撃してしまった自分は・・・どう思う?
「・・・すごく嫌だ」
しっかりと場面を想像したら素直な言葉が出て来てしまった。
「ほーーーら見ろよっ!やっぱ嫌なんじゃねえかっ!」
乱馬の表情が勝ち誇ったようになる。
「でも乱馬」
「ん?」
「私とこうなった今でも・・・乱馬は他の女の子と私が同じように見えるの?」
それを訊いた時に少しどきどきしてしまう。
もしも同じに見えると言われたらどうしよう。
「見える訳ねーだろ」
心配そうに乱馬を見上げていた私を覗き込んで、乱馬の大きな手にぽんぽんと頭を撫でられた。それから突然ちゅっと口づけされて、ぎゅっと抱き締められる。
「もし見えてたら、こんなくっだらねえ事でおめえに絡んでねえよ」
幸せで息が詰まりそうになった。
きっと私の顔は真っ赤だ。
「私も同じだよ。他の男の人と乱馬は全然違う」
乱馬の胸に埋められていた顔を上げて、しっかりとした肩に顎を置く。
「本当は乱馬だって分かってる癖に」
「・・・・・何が」
「誰かと笑ってたとしても、楽しそうに話してたとしても。私の特別な人は一人」
「それ・・・お・・・おれの事?」
「他に誰が居るのよ・・・ばか」
「お、おれだけ特別?」
「・・・そうだってば」
どうしてそんなに不安そうに訊くの?
私はこんなに乱馬の事でいっぱいなのに。
乱馬は抱きしめる力に更にぐぐっと力を込めた。
肺が押しつぶされそうになる。
殺されてしまうのかと思うくらいの力は一瞬で抜けて、そのままごろりとベッドの上に押し倒される。
そうして上に居る乱馬の顔は、私のすぐ近くにある。
「・・・なあ、あかね」
「ん?」
「多分おれ、これからもいちいちあんな事で機嫌悪くなると思う」
「うん」
「・・・面倒くさい?」
「うん」
「・・・おい」
平気だと言う事を期待していたんだろうけれど、平気ではないから嘘は吐けない。
少し不満げな乱馬にふふふと笑ってから、真剣に見つめた。
「でもそれで私の特別は変わらない。乱馬だけ」
乱馬は頬を紅潮させてとろんと溶けたような顔をした。
私を見る目がとても幸せそうに潤んでいる。
・・・乱馬って、こんな表情する人だったんだ。
そしてその表情は私にも伝染する。
ああ、私たち。
やっぱり16才の時とは全然違う。
もっと欲張りになっているし、もっと深くなってもいる。
「あかね・・・」
静かに幸せを噛み締めるように呼ばれた名前。
私は乱馬に微笑んで、両手をいっぱいに広げた。
私に触れる時にまだ震える唇のその温かさも、時々急いて乱暴になってしまいそうなその指も、懸命になって溢れてくる汗も、私を押し潰してしまいそうな程の力を持つその腕も、何度も何度も繰り返し、色んなトーンで私の名前を呼ぶその声も好き。
馬鹿みたいな事で怒って拗ねる所も、すごーく面倒臭いけど好き。
大好きだよ、乱馬。
窓の向こうはいつからか夕闇で、私たちは時間の感覚をなくしたまま互いの感触だけに夢中になった。
平日のお昼。大学の構内。
学食で私が女友達と横並びで食事をしていると、私の正面に同じ学部の男子学生が座って話しかけてくる。
「天道、午後の戸川教授の講義ってさ取ってる?」
「ああ、うん」
「じゃあ一緒に・・・」
とその男子が言った瞬間に、がたりと私の空いている方の隣から椅子を引く音がした。
「あかね、お前今日何時まで?」
定食大盛りのプレートをどんっとテーブルに置いた乱馬が、当然のように私の隣に座る。
「ええと、15時くらいかな」
「じゃあ終わったらいつものとこ居ろ」
「分かった」
ぽかんとする男子学生に向かって乱馬がニッと笑う。
やっぱり少し、ピリピリとした空気はそのままに。
「あ、あのね、この人私の婚約者」
「ええ~っ!?あかねって婚約・・・!?」
隣に居た友達が驚きのあまり大声を出しそうになって、慌てて自分の両手でそれを抑えていた。
「こ、婚約者いるんだ」
引きつった笑顔の男子に向かって乱馬がしっかりと名乗った。
「体育学部総合格闘技科一年、早乙女乱馬。よろしく」
私たちはどちらが別の男女と話していても、遠慮せずに声を掛けて自分たちの存在を主張するようになった。
それが二人にとって良いか悪いかはまだ分からない。
でもそうやって少しずつ、互いに居心地の良い場所を作って増やして行く。
いつ自分の隣りにあなたが来たって構わない。
いつかそういう二人になれたらいいね。
一緒にそういう二人になりたいね。
終わり。
・あとがき・
めんどくさ、あまーーーーーい!19才の乱馬です。乱馬って本当に一線越えたら夢中になってしまうし、独占欲も更に増しそうなタイプだろうなという想像から生まれました。このシリーズまだ少し続きます。