真っ白な世界は途方もなく綺麗だった。
綺麗な事が恐ろしいと思うのは、初めてだ。
あれ・・・そうだったかな。
シャンプーの事、綺麗で恐ろしいと思ってたかも。
という事は二度目なんだ。
私がもしこの世界から消えたら、シャンプーは喜ぶだろうか。
ううん、
きっと無駄に悲しみもしないだろうけど、喜びもしないだろう。
シャンプーはきっとちゃんと私から奪いたいんだもの。
私がもし消えたら、それが出来なくなるから。
お父さん、お姉ちゃん。
お母さん。
乱馬。
そこで初めて、自分の涙はこんなに温かいんだと分かった。
ねえ乱馬。
悲しませてごめんね。
あんたのムカつく憎まれ口。
すっごく優柔不断なとこ。
本当に大っ嫌いだった。
でも、大っ嫌いな所も含めて全部大好きだったよ。
・・・またそんなに大きな声で叫んで。
いつも私の名前を呼ぶあんたの声。
バカにしたように、嬉しそうに、楽しそうに、怒ったように、悲しそうに、必死で。
聞こえてるよ。
うるさいくらいに。
神様、最後に聞かせてくれてありがとう。
奇跡だ。
「何が奇跡だ馬鹿っ!!起きやがれっ!!」
物凄い勢いで揺さぶられて痛い。
「あかねっ!」
痛いってば。
「おいっ!!起きろよ!!あかねっ!!」
・・・もう!!
痛いって言ってんのばか!!
と言ったつもりだったのに声も出なくて、ただ喉の奥がひゅーと鳴って呼吸をするのが精一杯だった。
身体ががたがたと震え続けて止まらない。
薄っすらと見える。
汗だくの乱馬。
それから自分の顔にいっぱい降ってくる雫。
冷たいのが沢山。冷たいよ乱馬。汗やだ。
それとも雪の雫?
・・・熱いのは?
「・・・あかねっ・・・良かった・・・」
耳元で乱馬の声がする。
ぎゅうっと締め付けられてごわごわして冷たくて苦しい。
首にかかる吐息が温かい。
・・・そっか、涙だ。
乱馬・・・心配ばっかり掛けてごめんね。
バキッと乾いた割れる音がして目が覚めた。
すごく暑い。
さっきまであんなに震えていたのが嘘みたいに。
肩が重たいと思って目を閉じたまま手で探る。
ああ、自分に絡まるように置かれているこれは乱馬の腕だと納得したけど、暑くて仕方なくて少しもがく。
・・・え。
がばっと起き上がる。
けれど頭がぐらりとして、目がぐるぐると回る。
ぐるぐる回る視界の中で、断片的に見える。
見たこともない小屋の中。
風でガタガタと揺れる窓に張り付くように積もっている雪。
薪が燃え切って静かにはぜる暖炉。
床に敷かれている寝袋。
包まれている毛布の下にある、乱馬の腕。
「・・・あかね、す、凄い眺めになってるけどいいのか・・・」
顔を真っ赤にしてこちらを見ている乱馬。
正しくは顔を真っ赤にして上半身が裸でこちらを見ている乱馬。
そこですうっと自分の血の気が引いていくのを感じた。
自分に服を纏っている感覚がほぼない。下の方の下着の感覚しかない。
「きゃあああああああああああああ!!」
乱馬にビンタしようとしてすかっと空振りをする。
何だか感覚がとても変だ。
眩暈が凄くてぐるぐると回る。
と思ってる間にバランスを崩した私の身体を慌てて自分の胸と腕で受け止めてくれた乱馬だけと、乱馬も上半身完全に服を着ていないし私も服を着てないし。
上半身裸で密着している状態になるから私はパニックに陥った。
「いやっ!!何!?何で!?」
裸を見られた恥ずかしさや、記憶が完全に抜け落ちていることや、色々巡って手当たり次第に乱馬に向かって拳を振るう。
「ぃって!・・・おい!ば、ばかっ、やめろっ!おれはお前の命の恩人だぞ!!」
「お、恩人ならなんでこんなこと・・・!?」
「だからお、お前が、低体温症になってたから人肌であっためてやってたんだろーが!!」
「・・・え?」
「お前覚えてねえのか?昨日遭難したんだぞ。スキー中に」
そう言えば林間学校でスキーに来て、私だけ間違えてコースを外れてしまったみたいで、戻ろうと必死になっていたら、急に天候が変わって・・・。
「・・・あ」
よく見れば私の服は暖炉から少し離れた所でちゃんと椅子に掛けられて干されている。
きっと乱馬がやってくれたんだろう。
「・・・あとお前裸で暴れてる分、み、見えてるぞ」
「いやあああああ!!」
がばっと毛布に潜り込む。
もうやだ。自分がやだ。色々やだ。
恥ずかしいし、バカみたいだし、迷惑掛けてるし。
悲しくて、恥ずかしくて涙が出てくる。
毛布に包まって溢れてくる涙を懸命に飲み込んでいたら、起き上がっていたらしい乱馬が私の顔に柔らかい何かを掛けた。
「とりあえず、それ着てろ」
泣きながらそれを手に取ると、乱馬のセーターだった。
乱馬はそのまま、こちらを見ないように背を向けて座っている。
「泣くなよ・・・何もしてねえし、極力見ねえようにしてたから。安心しろ」
「・・・だって」
「泣いたら脱水症状起こしちまうだろ」
「・・・・・・」
「あとそんなに嫌がられると何か・・・色々傷つく」
「・・・ごめんね、そういうんじゃなくて・・・」
「うん。分かってんだけど・・・」
私は泣くのを止めると、まだ動きづらい身体をよじってセーターを着る。
乱馬は命懸けで助けに来てくれたのに。
落ち込むように丸まる背中に、後ろからぴったりと体を添わせる。
「乱馬・・・ごめんね」
「・・・お前が雪に埋まりかかって倒れてるの見た時は、こっちが凍ったぞ」
「・・・うん」
「あの・・・もうそっち、向いてもいい?」
「いいよ」
私が身体を離すと、乱馬はこちらを向いて両手を広げてくる。
素直に乱馬の身体の中心に身を置くと、ぎゅうっと少し強く両腕で抱きしめられた。
「無事で・・・良かった・・・」
肩に置かれた乱馬の額が痛いくらいに押し付けられる。
「助けてくれて、ありがとう」
肩から顔を上げた乱馬が私を見る。
その目が涙で潤んでいた。
思わず両手が乱馬の頬に伸びた。
そしてどちらからともなく唇が重なる。
目を閉じるとまだ眩暈がして。
でも乱馬の唇や差し込まれた舌の心地よさが、強引に感覚を研ぎ澄ませていく。
何度も繰り返された口づけが終わって、息を乱したまま乱馬を見つめていたら、とても幸せそうに緩んだ唇が額にそっと押し付けられた。
そうしてまたしっかりと抱き合う。
「お前さ」
「・・・ん」
「覚えてねえかもしんねえけど、助けに来たおれの顔見た時『奇跡だ』って言ったんだ」
「そうなの・・・?」
「うん」
「ごめんね、覚えてない」
「おれそれ聞いて、絶対お前の事助けて文句言ってやるんだって必死だった」
「聞くよ。どんな文句?」
「奇跡なんかじゃねえよ」
乱馬は身体を離すと、私を真っ直ぐに見る。
「お前が幾千万の雪の粒の中のひとつでも、おれは必ずその中からお前を見つけるからな」
「・・・・・・」
「おかしきゃ笑ってもいいけど、おれは本気だから」
「・・・おかしくなんかない」
信じてるよ乱馬。
どこかではぐれても、あなたならきっとそうしてくれる。
だから私は待ってるね。
どこかで必ずあなたを待ってる。
そうしたらきっと生きていくのも、いつかは必ず死んでしまう事も怖くはない。
いつかあなたの手のひらの上に降り落ちて溶けるひと粒の雪になりたい。
そうして巡っているうちにまたいつか、あなたはきっと私を探し出してくれるから。
終わり。
・あとがき・
1000をテーマにしようとしたら、幾千万になってしまいましたwこれを書いているうちに思ったのですが、次はカウンターが10000になったらこれの乱馬視点に挑戦してみようと思います。大分先かもしれないし、私がまだ活動していたらですが。
というか意外とずっと活動してるかもしれないし、自分でもまだ未知数ですw
このサイトに来て下さった皆様に捧げます。ありがとうございます^^