朝目覚めてダイニングに行くと、お姉ちゃんが焼き立てのパンを持ってきてくれた。
「乱馬くんといきなり裸の遭遇したんですって?仲良しさんね」
ぶっとカフェラテを吹き出しそうになる。
「お姉ちゃんっ!や、止めてよ!!」
その時玄関とは反対の廊下から真之介くんが出てきた。
ブラウンのブレザーの制服姿だ。
私が今日から転入する予定の高校に通っているらしい。
「おはよう真之介くん」
「おはよう」
「丁度良かったわ。あかねと一緒に登校してくれる?」
「はい」
かすみお姉ちゃんは、真之介くんにもパンをお裾分けしていた。
乱馬は私の右隣の部屋らしいけれど、ドアが開く気配はない。
まだ寝ているのかもしれないし、顔も合わせづらいから丁度良かった。
東京の生活で迎える初めての朝。
秋だけど思っていたより寒くはない。
ブレザーだけで十分そうだ。
私は真之介くんと並んで歩きながら、風景を眺めながらキョロキョロと歩く。
「あんまり余所見してると……」
真之介くんが言った途端に私は小石に躓いていた。
バランスには自信があるから、そのまま立て直そうとしたのだけれどその前に抱き止められていた。
真之介くんに。
「……」
びっくりして声が出ない。
「大丈夫か」
「う、うん、ありがとう」
何だか顔が赤くなってしまった。
慌てて真之介くんから離れる。
「何で山梨からこっちに来たんだ?」
「お父さんがね、長い海外修行に出掛ける事になって。もう一人のお姉ちゃんは都内の大学で家出てるし、私一人になっちゃうから、かすみお姉ちゃん夫妻の所にお世話になる事になったんだ」
「修行?」
「うん。うちのお父さん格闘家で」
「へえ、格好いいな」
「そ、そうかな」
「ああ。おれも強くなりたいから」
静かに言った真之介くんは真面目な顔をしていた。
「真之介くんは?どうして一人で?」
「うちはずっとじいちゃんと二人の生活だったんだ。高校までは出てくれって頼まれて。それでバイトしながら学費稼いでる」
「そうなんだ……偉いね」
私は素直に感心した。
素っ気ないけれど落ち着いた雰囲気を持っているのは、若い頃から自立してるせいなのかも。
「そうか?別にそんな風に考えた事はない」
段々と同じ制服の人達が増えて行く。
何故だか私たちは周りの視線を浴びていた。
「……何でだろ。私たち凄く見られてない?」
「そうか?別に気にならん」
真之介くんは周りに頓着しないタイプのようだった。
私が自意識過剰なのかな?
と疑問に思いながらも二人で校門をくぐり、校舎に入った。
その時後ろから、女の子たちのはしゃぐ声が聞こえた。
「転入早々男連れで登校か?大胆だな天道あかね」
聞き覚えのある声に固まる。
振り返るとそこには、スーツ姿の早乙女乱馬が居た。
初めて会った時とはまるで違う年相応の姿で。
周りを女生徒たちが取り囲んでいる。
私は顔がひきつる。
「……嘘でしょ」
「何がだ、天道。とにかくまず転入生は職員室な。案内するから」
女生徒たちを「早く教室に行け」と追い払って乱馬は私を職員室に案内する。
「まさか用務員さんとかじゃなくて?」
「どおいう意味だよ?おれはれっきとした教師だし、お前の担任だ」
勝ち誇ったようにニンマリとする乱馬。
「どうもおれら腐れ縁があるみてーだな」
「……う、嘘でしょ!?」
「本当だって。お前はおれの生徒。だから昨日の事は周りに絶対言うなよ」
「昨日の事って?」
「昨日の事、ほぼ全部だ。おれと偶然遭遇した事も、同じ場所に同居してんのも、当然ふ、風呂場で……」
言われた瞬間に私は鞄で乱馬の背中を叩いた。
「いてぇなっ、お前、教師に暴力……!」
ムッとした顔で振り返る乱馬をにらみ返す。
「言うわけないでしょっ!知られたらこっちが迷惑よ」
「……っとに可愛くねーな。昨日は面白いやつだったのに」
ぼそりと言われたことにムカッとする。
「早乙女先生に、言われる筋合いありません」
「お、そうそう。その調子でよろしく」
何がよろしくよ。
あんなチャラい格好で街中ふらつく教師に言われたくない。
私はムッとしながらも、早乙女先生の後について行く。
職員室で説明を受けて入ったクラスには、真之介くんが居た。
自己紹介をして案内された席は、真之介くんの隣で。
「……あかねとは何かの縁があるみたいだな」
隣に座った私に、真之介くんがぼそりと呟いた。
突然始まった新生活。
色んな意味で大変で目まぐるしくなりそうだ。