たとえば二人、公園で③


「ねえ天道さんて何で真田くんと一緒に登校してたの?知り合い?」
クラスの女子の女の子たちに、お昼を一緒にと誘われて一番最初に訊かれたのはこんなことだった。
しまった、と思う。
早乙女乱馬と同居している事は全て隠すと理解しているけれど、真之介くんの事はどうしたらいいんだろう?
ただ真之介くんと同居してると発言する事自体危険な気がする。
そして真之介くんは周りにどう話しているのかも分からない。
どう伝えるのが最善なのか悩む。
「あの真之介くんて、どんな人なの?」
「え、知らないの~?」
「うん、詳しくは全然」
それは嘘ではなかった。
「とりあえずね、女子には真田くんの隠れファンが沢山居るのよ」
「隠れ?なの?」
「そそ。だって真田くんて女子と殆ど話さないし、話しかけても素っ気ないから、みんな近寄りがたいんだけ
ど、格好いいから隠れファンが多いの」
「へえ~そうなんだ」
「そんな真田くんがいきなり転入生の女子と登校して来たから、みんなビックリしてるわよ」
「あー……」
だから登校中にあんなに周囲から見られていたんだ。
私は妙に納得をする。
「うちの高校の女子の大半はね、真田派と早乙女派で分かれているから」
嫌な予感がする。
「まさか早乙女派って……」
「早乙女乱馬先生。早乙女先生が女子一番人気じゃないかな」
「嘘でしょ?あんなデリカシーなさそうな男が……!」
女の子たちはぽかんとしながら私を眺める。
しまった、過剰に反応してしまった事に後悔をする。
「……天道さん、先生と何かあったの?」
「ど、どうして?」
「だって随分嫌そうだから」
「別にないけど。生理的にかな……何て言うか先生の癖に口悪いしデリカシーが無さそう」
「……ま、確かに一理あるわね」
そう答えたのは、私に篠崎さゆりと名乗った女の子だった。
「確かに早乙女先生って口が悪い時があるわ。デリカシーはよく分からないけど。そういう砕けた部分も含めて人気なんでしょうけどね」
砕けた?
私には砕けすぎていて先生として受け入れがたい。
『先生』というもののイメージがすっかり粉砕されてしまった感じだ。
確かに教壇に立つ早乙女乱馬は、見た目も雰囲気も初対面の時とはまるで別人。
スーツ姿というのもあるけれど、話し方も態度もあの時の気安さやチャラさはなくて、キリッとはしていた。
けれど私にしてみると、それが仮の姿のようにしか思えない。
たまに先生らしい言動はしていたけれど『お子ちゃま』とか『子豚』とか、幾らプライベートにしても教師が口にして良いような言葉ではないように思う。
帰り際、昇降口で真之介くんが立っていた。
「……あ、もしかして待っていてくれた?」
「ああ。まだ通い始めだから道に迷うかもしれないしな」
全く笑うわけでもなく真顔で言われる。
真之介くんは本当に滅多に笑わない。
「もしおれと並んで歩くのが嫌だったら言ってくれ。それなら離れて先を歩くから」
「まさか。嫌なわけないわ」
どうも何かに気を使ってくれているようだけれど、そんな必要はない。
真之介くんが素っ気ない人でも優しい人であるのは何となく感じていたから。
「……そうか。ならいい」
真之介くんは俯きながら、私が靴を履き替えるのを待っていてくれた。
「今日、クラスの男たちに色々あかねの事訊かれたんだ」
そう言われたのは学校から離れて同じ制服が殆ど見えなくなった頃だった。
「私の事?何て?」
「おれの知り合いなのかとか、付き合ってるのかとか」
ああ、と納得をする。
転入生の私が突然女子に人気の真之介くんと並んで登校したのだから、周囲は驚いてしまったんだろう。
「それなら私も訊かれたの。クラスの女子たちから真之介くんとはどんな関係かって。真之介くんは女子にモテるって聞いたわ」
「……モテる?」
「女性に人気があるって事よ」
「別にそうは思わない。それに女と話すのは苦手だ」
「どうして苦手なの?」
「一方的にまくし立てられるように話してくる。おれはあまり無駄話が好きじゃないんだ」
「なるほど。それは何か分かる気がする」
正直、私も男性に対して似たような事を思っているからだ。
突然何かの拍子に現れた同じ校内の生徒でも知らない男の人に、色々と訊かれたり話題を振られて困る事が多い。
「あ……でも苦手なのに大丈夫?私も一応女子よ」
「あかねは大丈夫だ」
それは良いことなのか悪いのか。
複雑な気分だ。
「あかねと居るのは嫌じゃない」
私を見下ろすように見た真之介くんは、そう言ってふっと笑んだ。
それはとても柔らかい笑顔で。
私もつられて微笑んだ。
「ありがとう。私も真之介くんと居るのは嫌いじゃないわ」
秋なのにほんのりと温かい空気を感じた。
早乙女乱馬は、私たちが夕飯を終えた頃に戻ってきた。
もちろんそれまでにお風呂もしっかり終えた。
二度も見られたらたまらない。
私はその時リビングに居た。
出来れば早乙女乱馬と顔を合わせたくないのは山々だけど、テレビはリビングにしかないし、私はテレビっ子なのだ。
特に今日は連続恋愛ドラマの続きが気になっていた。
だからリビングで観るしかない。
早乙女乱馬は私がリビングに居ても話し掛けてくる様子はなく、キッチンに置かれたお姉ちゃんが作りおきしていた夕飯を嬉しそうに眺めていた。
それで少しほっとする。
私はテレビに集中したいし、早乙女乱馬は夕飯を食べるのに夢中だろう。
会話はしなくて済みそうだ。
と考えていた私は甘かった。
終わり。