たとえば二人、公園で⑤


 

 

校内の武道館は、思っていた以上に立派だった。

 

 

「あなたが見学の天道さん?私が部長の倉見佳奈よ。よろしく」

 

 

倉見佳奈と名乗った胴着姿のその人は、鋭い目をしてはいたけれどすっきりと整った顔立ちで、おでこから長い髪を全て後ろに束ねて纏めていた。

 

 

「一年の天道あかねです。よろしくお願いします」

 

 

丁寧に頭を下げるが倉見部長は笑顔を見せることもなく、真顔で部室に案内される。

 

そこで見学用の胴着を手渡された。

 

 

 

「あなた早乙女先生と同じ流儀なんですって?」

 

「はい。三年ほどブランクはありますが」

 

「で?あなたの目的も早乙女先生?」

 

「え……?」

 

 

どういう意味か分からずに、戸惑う私を倉見先輩が見据える。

 

 

「早乙女先生目的でこの部に入部した子が何人来たことか……全部、叩きのめしてやったけれどね」

 

言われて見ると、ロッカーの女子部員の名前がとても少ない。

 

 

「今残ってるのは本当に強くなりたい女子だけよ。先生の気を引きたいからじゃないの」

 

「そうなんですね」

 

「だからあなたも先生目的なら」

 

「あんな失礼で口の悪い教師に対して好意なんかありません」

 

 

私は倉見先輩の言葉を遮って答える。

 

 

「……ならしっかり試させてもわうわ」

 

 

 

着替えて部室から武道館へ向かう。

 

 

そこには待ち構えていたように早乙女先生が居た。

 

 

「よーお、天道。胴着は様になってんじゃねえか」

 

 

その軽い呼び掛け何とかならないの?

とカチンとしながら口を結ぶ。

 

 

その時、数十人程居た男子の部員達がざわめき出して落ち着きなく動き出した。

 

 

「やべ!ちょー可愛い!」

 

 

誰の言葉かは分からないがそう叫んだ声が聞こえる。

 

きっと倉見先輩がそちらを睨むと男子達が静まり返った。

 

 

倉見先輩を可愛いと言ったのだろうか?

 

 

可愛いというよりは綺麗な顔だと思うけれど。

 

と疑問に思いながらも、私は先輩の後に続いて女子たちの居る方へと赴く。

 

 

 

「とりあえず柔軟体操からな。天道は倉見と組んでやれ」

 

 

私は倉見先輩の指示通りに入念な柔軟体操をする。

 

その後基礎体力作りとして走り込み、筋トレをした。

 

 

 

「先生、天道さんと組み手やらせて下さい」

 

 

「天道、大丈夫か?」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

 

私は深々と頭を下げてはいたが、負ける気はない。

 

倉見先輩は構えを取ると、一回り大きく見えた。

 

 

 

 

 

冷蔵庫から冷たい牛乳を出した真之介くんはお風呂上がりで、まだ髪が濡れていた。

 

グラスに牛乳を注ぐ真之介くんの近くで、私はお姉ちゃんが作り置いてくれていた夕飯を温めている。

 

 

「あかね、そう言えば部活はどうだった?」

 

今日バラバラに帰宅した理由が総合格闘部だということを思い出したらしい真之介くんが、私に向かって訊いてくる。

 

 

「うん……まあ……」

 

「……楽しくなかったのか?」

 

「ううん、そんな事はないんだけど……入部は保留にして貰ったの」

 

「そうか」

 

 

真之介くんはあまり深くを問わない人だった。

 

それにほっとしていると、ガチャリとドアが開いて早乙女先生が帰ってきた。

 

 

 

「……何だお前ら。やけに仲良さそうだな」

 

 

 

廊下から見えるなり、先生は少し仰け反っていた。

 

単にそれぞれの理由で近くの場所に立っていただけなのに、そんな風に見えるのだろうか。

 

 

「先生と程は悪くないですけど」

 

「あー、そうかよ。大人は仲間外れか」

 

 

少しつまらなそうに口を尖らせた先生は、自分の部屋にどかりと荷物を置くと、直ぐに戻って来た。

 

 

「あ、天道。おれの夕飯もついでに温めてくれよ」

 

「私は先生のメイドじゃないです」

 

「……ケチ」

 

「私がケチなんじゃなくて、先生が図々しいんでしょう」

 

「真田、どう思う?」

 

「あかねの言う通りだと思う。自分の事は自分でが基本だ」

 

顔色ひとつ変えずに真之介くんがドライに答える。

 

 

 

「……あかね」

 

 

ぼそりと呟いた先生は、何故か眉を潜めている。

 

 

「という訳で先生、自分で温めて下さい」

 

「わーったよ。きみらが正義です」

 

 

先生は両手を上げてから、すごすごと自分の夕飯を準備し始める。

 

 

「え、暖めないんですか?」

 

 

そのまま夕飯の乗ったボードを運ぼうとする先生に戸惑う。

 

 

「めんどくせえからいい。腹減ってるし」

 

「んもー、仕方ないなっ」

 

 

私はレンジで温めた自分のおかずとお味噌汁を先生のボードの上のそれと交換する。

 

 

「お、優しいな」

 

 

とても嬉しそうに微笑まれて、私は思わずドキリとする。

 

 

「いつもそれくらい優しければ、可愛げもあるのになぁ……」

 

そこに余計な一言が入ったせいで、おかずを取り返そうとしたけれど、先生はそれを阻むように自分のボードを私から遠ざけた。

 

「誉めてんだぞ、おれは」

 

「どこが誉めてるんですか!悪口じゃない!」

 

「態度を改めれば、可愛げあるって言ってんだ」

 

「改めるって何よ!偉そうに!」

 

 

私たちが鼻息荒く言い争う中、真之介くんは涼しい顔で牛乳をごくごくと飲んでいる。

 

前のめりで睨む私を見て、何故か先生は嬉しそうに笑った。

 

 

「元気出てきたじゃねえか。さっき倉見と組み手した後あんなに落ち込んでたクセに」

 

 

私はぐっと黙ってしまった。

 

 

「……あかね、組み手で負けたのか?」

 

 

それまで淡々と牛乳を飲んでいた真之介くんが私の方を見る。

 

 

「……」

 

 

 

「逆だよ。余裕で勝っちまったんだ。うちの女子の部長にな」

 

 

答えられずにいた私の代わりに、先生が答える。

 

真之介くんは目を丸くした。

 

 

 

「勝ったのか?あの女子部長に?」

 

「う、うん」

 

 

気まずくて俯く。

 

倉見さんが茫然と涙を流した顔が忘れられずに、ただ気軽に参加してしまった事を後悔していた。

 

 

 

終わり