日曜日のお昼。
たまには自分でお昼ご飯を作ってみようと、おにぎりに挑戦してみた。
昔からお料理はまともにした事がない。
けれどお姉ちゃんも亡くなったお母さんもお料理上手。
そんな訳で私には無駄な自信があった。
きっとその遺伝子は私にも受け継がれている筈!
張り切って炊きたてのご飯を杓文字ですくい手に乗せる。
「熱っ!?」
余りの熱さに手を振り回し、飛び散ったご飯が壁やら冷蔵庫やらに貼り付く。
あああ、どうしよう。
……おにぎり出来たら片付ければいいか。
とりあえず冷水で手を冷やして洗い直す。
こんな熱々のご飯握れない。
仕方ないからボウルに移して少し冷めるのをまった。
具は塩こんぶ、梅干し、鮭フレーク。
ひとつひとつは面倒ね。
色んな味あった方が楽しいし、ミックスにしてみよう。
少しは冷めてきたようだ。
よーし、こんどこそ!
と思ってご飯を手に取ったがベタベタで手にくっついて握りにくい。
何でかしら?
あ!そうだ酢飯みたいにお酢を混ぜればいいのね!!
そう思ってシンクの下の調味料の棚を確認する。
今時の酢かな?瓶が洒落てる。
東京って酢までお洒落なのね。
私は感心しながら酢を投入。
杓文字で混ぜて手に取ればもうベタ付かない。よし!
具はミックスで入れてご飯を包む。
包もうとするんだけどお酢を入れすぎたのかなかなか形にならない。
ぎゅうぎゅうと力任せにおにぎりに圧をかけて、何とか形になった。
ちょっと何かぼた餅みたいだけど……。
まあ同じよ、同じ。
あ、塩もちゃんとつけなくちゃ。
バラバラと思いっきり回りに振り掛けて、ペタペタと海苔を張る。
よし!これで完璧!
私はシンプルな丸皿に自分の握ったお握りを並べて、達成感に満ち溢れていた。
そう言えばそろそろ真之介くんがバイトの昼休憩で戻ってくる頃だ。
もし良かったら真之介くんにも食べて貰おう、と思って自分のおにぎりをひとつ手にとり齧った。
「あかねっ!あかねっ!」
身体を揺すられて目を開いたら、直ぐ近くに真之介くんの顔。
「……あれ?真之介くん?」
私が目を開いたのを見てほっとした顔をされる。
揺すられたせいか頭がクラクラとした。
「良かった……戻ったら床にあかねが倒れてたから」
「え……」
半身を抱き起こされた状態でいた私は慌てて自力で起き上がろうとする。
けれど身体は予想と全く違う動きをした。
くらくらと浮遊して、バランスがおかしい。
フラフラとする私を危なく感じたのか、真之介くんが再び私の肩を掴んで支えてくれた。
「ねえ、真之介くん、私変なの」
「うん」
「なんかね、頭がくらくらしてね、面白いの」
「うん、分かってる。あかね今、酔っぱらってるんだ」
「え!まさかあ!だって私自分で作ったおにぎり食べただけよ」
「これはどうしたんだ?」
真之介くんは私の半身を自分の方に寄り掛からせながら、片手で瓶を取る。
「それはお酢でしょ?さっきおにぎりに混ぜたの」
「……や、あかね。これはお酢じゃない。白ワインだ」
室内がしんとする。
「えーっ!?やだっ!やだ私っ!てっきりお酢かと思って」
「みたいだな……」
「どうしようっ!?未成年なのにお酒飲んじゃった!」
あわあわと狼狽えている私を真之介くんは真顔で見ている。
「身体に悪いよね?私おかしくなっちゃうかな?学校にバレたら私停学かな?お洒落なお
酢の瓶だなーって思ったの!東京ってお酢もお洒落なんだなあって!まさかワインだなんてっ!」
そこまで言った所で真之介くんが盛大に吹き出した。
「……え……」
パニックで戸惑う私を他所に真之介くんは爆笑している。
一緒に暮らし始めて暫く経つけれど、こんな風に盛大に大笑いする真之介くんを始めて見た。
「ちょ……ちょっと!私本気で悩んでるのよ?何がおかしいの?」
「すまん……色々あまりにも面白くて」
私が怒っていても、真之介くんの肩はまだプルプルと震えていた。
くっくっくっと笑いが口から漏れだしている。
……ひどい。
何だか不満で真之介くんを睨んだのに、余りにも楽しそうな笑顔に絆されてそれ以上文句が言えなくなってしまった。
「ほら、とりあえず水分沢山飲んで。一口しか食ってないならそんなに酷くなる事はない。水分とれば酔いも覚めてくる」
「……う、うん。ありがとう」
ソファーに座らされた私は、真之介くんからお水の入ったグラスを受け取って飲む。
「空腹なのも良くないな。おれの作ったので良ければ食うか?」
そう言って真之介くんが差し出してくれたのは切り落としのパンの端っこを使ったサンドイッチだった。
「……でもこれ、真之介くんのお昼でしょう」
「二つあるから一つ食え。おれは一つで足りる」
真之介くんは言いながら、私の向かい側に座る。
そのお皿を真ん中に置いて、もう一つを小皿に乗せると、私の前に差し出してくれた。
そうして真之介くんは自分のサンドイッチを大きく齧った。
「……うん、悪くない。食えよ。パンの切り落としも中の具材も店の余り物だ。まかない飯で悪いけど」
「そんな事ない、ありがとう」
パクッと齧りつくと、トーストした芳ばしいパンの切れ端の食感と瑞々しいレタスとトマトの甘味が広がる。
しかもはんじゅくの目玉焼きまで入っていてとても美味しい。
ソースはサウザンと粒マスタード。
バターも塗られていて味付けが絶妙だ。
「美味しい!」
余りの美味しさに感動して声が弾む。
真之介くんは照れ臭そうに、けれど嬉しそうに笑んだ。
「そうか……まだまだ修行の身だが」
「でもこれ!普通のBLTサンドより私こっちの方が好きよ。芳ばしいしサクサクしてるし、今まで食べたホットサンドの中で一番好きかも!」
「褒めすぎだ」
「ううん、本当に美味しい!真之介くん凄いっ!これお店でも出したらいいのにっ」
「……あ、しまった」
「え?」
「何か足りないと思ったらローストビーフの切れ端入れるの忘れてた……」
気まずそうにポリポリと頭を掻く真之介くんを見て、今度は私が吹き出してしまった。
真之介くんて、一見完璧で抜け目もない様に見えるのにとてつもなく一つ大きく抜けている。
そこが面白くもあり、親近感が湧く。
二人で顔を見合わせてふふふと笑い合った。
「もう酔いは大丈夫か?」
「うん、もうクラクラしないわ。大丈夫。真之介くんのおかげで。お酒の事に詳しいのね」
「ああ、じいちゃんが酒飲みだからな。病弱な癖してよく飲むんだ。それでたまに介抱してたから」
真之介くんはさらりと言った。
けれどそこに不幸そうな空気は微塵もない。
きっとおじいさんとは仲が良いんだろうと思う。
「あ、そろそろ昼休み終わりだ」
言いながらお皿を持って立った真之介くんを私は制した。
「お皿は私に洗わせて」
「そうか……じゃあ任せる」
「うん。真之介くん、ありがとう。ご馳走さま」
にこりと笑いかけたら、真之介くんもにこりと笑ってくれた。
私はお皿を重ねてシンクに持って行く。
洗い出そうと水を出し始めた時、一度は出ていった筈の真之介くんが戻って来た。
「あ、あかねっ」
「なあに?」
「良かったら時々、おれのメニューの試食役してくれないか?店長に新メニューの考案頼まれてるんだ」
「でも……私なんかでいいの?」
「ああ、あかねに頼みたいんだ」
「そう。分かった。私で良ければ」
「助かる」
「こちらこそ。ご馳走さま」
「じゃ、行ってくる」
「お仕事頑張って」
私はお皿を綺麗に洗ってから、完全な失敗作となってしまった自分のおにぎりを見つめた。
真之介くんは男の子なのにあんなにお料理が上手で。
私はおにぎりひとつちゃんと作れないのか。
ため息が深々と出る。
けどやっぱり最初だし……頑張ればこんな私でも上手くなれるかもしれない。
と思い直してぐっと拳を握る。
何となくおにぎりをそのまま直ぐに捨てられなくて、ラップをしておいた。
のが間違いだったと知るのはその30分後。
自分の部屋で宿題をしているうちに喉が乾いたので飲み物を取りにリビングに行ったら、早乙女先生が床に大の字で倒れていたからだ。
その手は私のおにぎりを持っていた。